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TOKYO四畳半キャンプ D-010 前提を埋め込むことについての考察

ある人に勧められて二冊の本を読んでみました。
トランジション ――人生の転機を活かすために (ウィリアム・ブリッジズ)トランジション マネジメント ──組織の転機を活かすために (ウィリアム・ブリッジズ)

詳しくは読んでもらうとして、僕が感じたのは「西洋のキリスト教の背景下の資本主義の仕組みをそのまま持って来たらそりゃ日本人は鬱になるわなあ」ってことと「結局西洋人だって疲れてるんじゃん」ってこと。二冊の本を読んで「いいから何も言わずに禅寺に入ってこい」って思いました。あのスティーヴジョブスでさえ東洋思想に走ったのは結局そういうことなんじゃないかな。

一冊目の方はとにかく読みにくい。読みにくいんだけど、ニュートラルという状態を如何に乗り換えるか、みたいなことが書いてある。ふむふむ。

二冊目は、それをベースに組織論と処方箋を次々と書いていく、みたいな。

で、僕が感じる最大の違和感は、資本主義とか他者との競争とか、なんならキリスト教的価値観とか、日本人的にはちょっとどうなのよ?みたいな感覚がベースにあって、それがさも当たり前の事のように前提として埋め込まれていることに対して吐き気を催した。著者も結局は内面と向き合う話をするし、自分のビジネスとして会社の仕事をする、みたいな話までしだして、だけど、結局他者との競争の中に戻っていくための一時的な試練だ、みたいな。

いや、まあ彼にはそうかもしんないけど、他者との競争じゃなくて自分の中とずっと向き合うのが東洋思想ですよ。彼が忌み嫌ってる(たぶん嫌いなんだと思う)ニュートラルの状態、これが常にあれば彼の言ってる全ての事がいらなくなるんじゃないの?ってのが僕の感覚。そういう人は奴隷的に働いてくれないので効率は落ちると思いますが。

で、こういう本を会社のえらい人が読んで表面だけ飲み込んで指示出したら中の人は大変だよなあ、なんて思ってしまいます(昔居た会社のえらい人が咀嚼して自分の言葉で話せなかったから何一つ伝わってこなかった)。だからビジネス書は苦手。

こういうのを書く人たちはいろんな前提を巧妙に入れるのが上手だし、日本人の多くは特に疑いもせずに飲み込んでいくので、これがなんというか最高に相性が悪い。

なんてことを考えてるとやっぱり教育が問題なんじゃんってとこに行き着くのは気のせいではあるまい。戦後以降の工員を作るための教育論はもう立ちいかないし、そんなこと続けてても不幸な人が沢山できるだけなのになあ、、、って感じます。まあその感覚は今に始まったことじゃないけど。

僕の目から見えるものは例えていうと、東洋を蹂躙した西洋世界という怪物が、体内に飲み込んだものから内部からじわじわと報復されている、というようなものなのかもしれない。

でもまあ、お互い尊重しようぜってのが答えなんじゃないのかなあ。。。資本主義の経済社会。これまでのようにいくわけがないもの。

少なくとも現時点では、巧妙に埋め込まれた前提条件にはいつも目を光らせておいたほうがいい。そんな風に感じます。

どうですかね?

追記:
これ書いてて思い出した。会社員だった頃に日経新聞読めって言われてたけど、僕はなんで経団連の御用記事を読まなあかんねんって思ってた。本当のところは知らんけど。感覚的にはこの話と同じように前提が埋め込まれているから違和感を感じるんだ。

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楽器メーカーにえらく長く勤めたあと退職。その間、並行してテクノロックバンド『航空電子』で歌ったり、東京ゲリラなどの企画をやったり、ナゴム再生委員会をやったり。最近は四畳半キャンプをしつつ、次のための準備をしてます。週一回くらい更新。
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