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【Destination】第50話 服従


「大口たたいて挑んできた結果がこんなもの。実力の差は明白。話にならない」

数発の拳をくらいながらも気絶しなかったルカの打たれ強さ。それだけは認めるが、期待外れのつまらない勝負をさせられ苛立つナオキ。

宴会開始の時刻が近づき、これ以上ムダな時間を費やすわけにもいかず、ルカの処刑はアジトに連れ帰ってからにしようと考える。

発作が出ている今の状態でアジトに連行されてしまえば、ひとりで大人数を相手にせねばならず、勝ち目はない。人質の救出どころか、自分の身を守ることすらできなくなる。

なんとしてもこの場で、1対1で決着をつけたいルカは、「10年も前の栄光にしがみつく惨めな男」「わざわざ過去を話に出すのは、今の自分に自信がない証拠。女ひとり満足に倒せなくなった、老いぼれた自分から目を背け逃げている」。

「世界を獲ったのも事実かどうか怪しい。格下ばかりを相手に勝利を収めてきた姑息で卑怯なチャンピオン」と、得意の挑発でナオキのプライドを引き裂き、精神をかき乱す。

血の滲むような努力、過去の栄光を侮辱され、逆上したナオキは、ルカを殺さんとばかりに、本気の猛攻を開始。だが、これは彼女の仕掛けた罠だった。

自分の基準、思考、価値観、生い立ちなどの影響もあり個人差は大きいが、人は他者から悪意を向けられると攻撃的な心境となり、それを抑えるのは非常に困難。

このような状態になると、通常よりも激しい攻撃行動を示し思考力が低下。挑発してきた相手を屈伏させることだけしか考えられなくなる。

そのうえ、興奮状態であるため、呼吸も荒くなり必要以上に体力を消耗してしまう。

「挑発は罠」

そんなことは考えもせず、ナオキは元世界チャンピオンの誇りを守ろうと、なりふりかまわず拳を振り抜いてルカに襲いかかる。

猛攻をくらっている最中さなか、ルカはナオキの動き、攻撃力の変化を見て感じ取り冷静に分析。

数発の拳を受けたあと、「疲労と焦り、興奮から撃てば撃つほど威力が弱まってきている」そう判断したルカは、ナオキの右ストレートを左側に外しつつ、左足を踏み込んで渾身の一撃「クロスカウンター」を放った。

ルカはこの一撃、この瞬間にすべてを賭けていた。

残された体力で確実に勝利するため、本来もっている動きは一切見せず、激しい攻撃に耐えながら疲れと油断を誘いつづけた。それが功を奏し、拳は見事ナオキのアゴを直撃。

相手の攻撃の勢いを利用し、不意を突いて反撃する「クロスカウンター」。

当たれば一撃で相手を失神させることも可能だが、一歩まちがえれば自身が相手の拳をくらう、立場が逆転する可能性もある両刃の剣。

「身のこなし」と「判断力」、敵の動きを見きわめる「冷静さ」、寸分狂わぬ最高の「タイミング」。このどれかひとつでも欠ければ決められない高等技術。

そして、人体には、衝撃を受けると生命の危険にかかわる箇所、「急所」がいくつもある。そこを攻撃されると、どんなに体が大きく強い者でも、一時的に行動不能になるほどの大きなダメージを受ける。

特にノドやアゴ、こめかみは脳に近い急所で、血管や神経が集中しており、鍛えて守ることができず、打ちどころが悪ければ相手を死に至らしめる危険性もある箇所。

ナオキはそこに、必殺の「クロスカウンター」を受けてしまった。

「やべぇッ!まともにくらっちまった!」

「あの女の拳は素手で刀を砕く。その威力をアゴに受けちまった!!これは、いくらナオキさんでも……」

「こいつは疲れきっていたし、アタシの反撃は予測してなかったはず。完璧に不意を突いた」

「これで倒せてなかったら……、本当に殺して……」

「やるなぁ。ねえちゃんよ」

「油断していたとはいえ、このオレに一撃いれるとは、たいしたもんだぜ」

「唇を……、切っただけ……」

「スピード、身のこなし、技のキレ、どれを取っても申し分ない。だが、威力だけは足りなかった」

「おかしい……。どうも腑に落ちない」

「あの女……、動きが鈍っただけじゃなく、力まで弱くなってやがる。ナオキさんが強すぎてそう見えるだけか……。理由はわからねぇが、今なら殺れるな」

「オレは世界を相手に、何百発、何千発と拳をくらってきた男ッ!」

「そいつらにくらべれば、お前の拳は蚊が止まったようなもんだ」

「………………」

「もう手加減はせん!このオレを本気にさせたこと、後悔しながら死んでゆけ」

ルカの攻撃を受け、われに返ったナオキは怒りに震える左拳を握りしめ、ゆっくりとルカのところに歩み寄る。

「やめろ。死にたくなかったらアタシに近寄るな。人を殺したくない。お前みたいなクズであっても……」

「『死にたくなかったら?』『人を殺したくない』だぁ?ふざけたことをッ!ハッタリかますのも、そのくらいにしとけ!」

「………………」

「なんだ、その反抗的な目は!」

「気に入らねぇ!カウンターを一発決めたぐらいで、いい気になるなよ」

「女ごときが調子乗るんじゃねぇええええッ!!」

「どうだッ!これで少しは懲りた……」

「こいつ……、ここまでやられても、まだ戦意を失わんか。どこまでタフなんだ」

「決めたぞ!」

「こうなったら貴様が泣きわめくまで、オレに平伏するまで殴りつづけてやる」

「その反抗的な目を恐怖に満ちたものに変えてやる!殺しとは違う拷問で苦痛を与え、必ず服従させてやる!」

「できるワケないだろう。そんな老体でさ。本気、本気って言いながら拳に勢いがない」

「アタシは何度殴られようと、なにをされようとお前に服従なんかしない」

「勝手にほざいてろ。まずは目だ。右目からほじくり出して……」

「やめろッ!!」

「アァンッ!!なんだてめぇは!」

「おねえちゃんから離れろッ!」



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