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ハードボイルド書店員日記【81】

木曜日の夕方。定時を8分過ぎている。ようやく交代要員が来てくれた。客注対応をしていたらしい。青い顔で謝られた。「大丈夫だよ」の一言が今日に限っては出なかった。

厄日だった。

まず突休(とつやす。出勤する予定の人が突然休むこと)がふたりも出た。レジ時間じゃないのに手薄だからと自分の仕事を二の次にしてカウンターに入り、そのたびに厄介な案件と戦った。大量の常備本を抱えて入れ替え作業をしている時に、検索機の手前で「この本どこ?」とスマートフォンの画面を見せられた。

まだある。会計時に「袋はご入り用ですか?」と老婦人に訊ね、「うん」と返されたから料金を打った。レシートを出してから「うん、あるから要らないの」と言われてレジマイナス。クレジットも取り消してやり直した。「客を待たせすぎだよ。サービスが悪い」と高齢の男性に眉をひそめられた。現金払いで金券やポイントの利用はなかった。セルフレジはずっと空いていた。

どれもよくあることだ。普段なら気に留めない。だがどうしても神経がざわついてしまう。「自分だけが不当に苦しんでいる」「おまえらふざけるな」という負の妄想に取りつかれる。どれだけキャリアや年齢を重ねてもそういう未熟な日が年に数度はやってくる。

こういう時、私は自分に対して「脳内アンケート」を実施する。手帳やスマートフォンへ書いてもいい。

Q「書店員のやりたくない仕事を教えてください」

A「返品作業全般(逆送された場合、返品了解をもらうために出版社へ電話したりFAXを送ったりすることを含む)。コミックと児童書のシュリンク(お客さんが本を適切に扱ってくれれば不要)。常備本の入れ替え(無意味とは言わないが仕事量と釣り合わない)。形の歪な書籍や雑貨のラッピング。雑誌への付録挟み込み。横柄な人への接客。理不尽としか思えぬクレームへの謝罪。難癖を付けるために本社から来る偉い人への対応」

Q「働いていて、いちばん楽しいと感じるのはどういう時ですか?」

A「自分で選書して棚に並べたものが売れた時。最近なら『チェルノブイリ』『戦争と国際法を知らない日本人へ』『国境を超えたウクライナ人』など」

Q「やめたくなったことはありますか?」

A「真剣に取り組んでいる。その証だと解釈している。一流と評されるプロレスラーが皆身体のどこかに爆弾を抱えているように」

Q「オススメの書店は?」

A「表参道の『青山ブックセンター』篠崎の『読書のすすめ』あと池袋の『新栄堂書店』も。ユニークな選書をする、やや尖った小規模な店で働いてみたい。でも一ファンとして応援している方が幸せな気もする」

Q「書店からなくなって欲しいことは?」

A「万引き。給料がなかなか上がらない要因のひとつ。現場でフル回転している書店員の大半は非正規雇用。我々の日々の仕事の多さ、そして手取りの低さをもっと知って欲しい。ボーナス? 何ですかそれ」

Q「書店員としてのあなたの夢は?」

A「本を書いて出版し、それを職場の棚に並べ、レジで販売すること」

Q「いまいちばんオススメの本は?」

A「サンマーク文庫の『小さいことにくよくよするな!』。noteのフォロワーさんの記事で興味を持った一冊」

そうだ。今日はこういう本を読んで落ち着こう。たしか最初の方のページに書かれていた。「私たちは少し頭を冷やせばなんなく解決することに、つい大騒ぎしがちだ」「『小さいことにくよくよする』ことに生命力を使いはたし、人生の楽しみに気づかない人がどんなに多いことか」

明日は休み。のんびり過ごそう。明後日にはいつもの「ハードボイルド書店員」に戻っているはずだ。

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