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「新しい環境でモヤモヤを抱える」人へオススメの一冊

4月もそろそろ中盤です。

新しい環境に馴染めず、もしくは「思ってたのと違う」と戸惑い、モヤモヤを抱える人が少なからずいるはず。私もそうでした。

新卒で入った営業会社。朝8時スタートで帰宅は早くても夜10時半。出社時間はまだしも、帰りがここまで遅いとは面接で言われなかったし募集要項にも書かれていなかった。しかも休みは週1日。

同期が初オーダーを挙げた直後に「義理は果たしたよ」と言い残して去ったのが、ちょうどいまぐらいでした。

書店員になってからも、雑誌チームを仕切っていた社員が退職し、4月から引き継いでモヤモヤした経験があります。責任の重さに加え、前任者が雑にやり残した諸々の処理に追われました。

こういう時こそ読書の出番です。助けになる本はないか? 答えはすぐに出ました。

沢木耕太郎「一瞬の夏」です。

主人公は再起を賭ける心優しいプロボクサー・カシアス内藤。サポートする著者も「私」として登場します。

いまや沢木さんを知らない人はいません。名前がピンと来なくても「深夜特急」と聞けば「ああ」となるはず。

そんな彼が、新卒で入った某銀行を初出社の日に辞めたことはご存知でしょうか? 

やがてゼミの指導教官に勧められてルポライターの道へ。1970年に「防人のブルース」でデビューしました。

傍から見ると、好きなことをして人生を楽しんでいるように映る。でも実態は違いました。

ある日、彼はライターとして致命的なミスをします。そして深酒をするようになる。仕事を辞めることまで考えていたようです。かつて取材した内藤選手のカムバックを知り、会いに行ったのはそんな時期でした。

もちろん、後悔をするつもりはなかった。十代の頃、ラグビーや水泳ではなく陸上競技というスポーツを選んでしまったように、たとえどんな偶然があったにしろ、ルポルタージュというものを選んでしまったのだから。

新潮文庫「一瞬の夏」上巻 119P

カシアス内藤が人を殴ることでしか自己を実現できないことに戸惑っていたように、私もまた人を描くことでしか自己を表現できないことに苛立っていたのは確かだった。しかも私には、文章を書いて喰うための金を得る、という自分の仕事への深い違和感があった。それが自分の真の仕事だとはどうしても思えなかったのだ。

同119P~120P

「それが自分の真の仕事だとはどうしても思えなかった」

作家を志しながら書店で働く身です。

いまでこそ天職と思っています。しかし以前は「読みたくもない本ばかりを売って喰うための金を得る」ことに深い違和感を覚えていました。

沢木さんと内藤選手も、各々の職業に対して似たようなモヤモヤを抱いていた。そんなふたりが燻る己を奮い立たせ、ある目標に向けて動き出す。その結果どうなったか?

沢木さんの現在地は言わずもがな。内藤さんもがんと共存しながら自身のボクシングジムで選手を育てています。

つまり苦闘の果てに、どちらもライターとボクシングを「真の仕事」だと受け入れることができた。そういうことではないでしょうか?

もちろん環境を変えるのもひとつの選択肢です。「深夜特急」は沢木さんが仕事を中断し、ユーラシア大陸を1年近くかけて旅したことがきっかけで生まれました。一方、ライターであり続けたからこそ同作を世へ送り出すことができたのも事実です。

何が最適かは人それぞれ。タイミングもあるでしょう。ただ似たような悩みに苦しんだ先人の赤裸々な姿や選んだ行動を客観的に眺めることは決して無駄になりません。

ぜひ。

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