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写真だらけの台湾旅行記《台北7日目・旅の総括》

ついに帰国の時がやってきた。飛行機は朝7:30出発。かなりの早朝だ。
地下鉄も動いていなかったためタクシーをチャーターしておいた。

朝4時50分の台北

時間通りの4時50分にタクシーが到着。Xジャパンのヒデが好きだという運転手。早朝にヒデを聞きながら空港へ向かった。

ピンボケしているが、タクシーの車内から

少し空港に到着したのが早く、チェックインが始まっていなかった。
チェックインが始まるとき、係員が客に向かってお辞儀をするが、日本人と思われる人たちはお辞儀を返していた。習慣が染みついてるのが分かる。

昨日からほぼ何も食べていなかったので空腹だった。
定刻通り朝7:30に出発。エバー航空(BR)192便を利用。

朝焼けがきれいだった

気流も安定していて、朝食の配膳も早かった。

機内食

豚肉とバジルのタイ風炒めご飯。
隣にいた祖母と上空でささやかな乾杯をして食べる。
かなりスパイシーな味付けだった。

機内より
機内より
機内より

1月2日11:30分ごろ東京国際空港に着陸。
昨日発生した地震で新幹線の動きが心配であったが、東京-長野間はほぼ通常通りに運行していた。

東京モノレールの様子
東京駅にて
JR西日本のW7系だった。車内チャイムが「北陸ロマン」で良い。
車内より

こうして無事に帰宅した。
相変わらず長野は空気がきれいである。排気ガスで通りが悪くなった鼻も、スーッとしてくる。

北陸新幹線より

家に到着したのは15時頃だったと記憶している。
1週間ほどの外出だったため、疲労もあったので少し眠り、起きたのが18時半頃。テレビを見たら衝撃的な映像が。日航機が燃えているのである。しかも正午頃に降り立った羽田で。無縁なところの事故というものは、心は痛んでもどのような場所で起こっているのか、状況の整理がつきにくい。しかし、最近訪れた場所で事故が起こるというのは、その場所の記憶も新たであり状況の整理がつきやすく、ゾッとした。大変心が痛む事故であった。

=総括=

久しぶりの台湾。台北はすっかり大都会。今回の旅も珍道中となった。初日の母転倒から始まり、2日目には来たばかりの台北を観光せず高雄に出かけた。4日目には、今考えれば信じられないほど過酷な観光をしていた。6日目、7日目には不思議な感情に襲われてしまった。濃い旅となった。

書いた通り、今回は高雄にも行ったが、あの街は古いものと新しいものの融合がうまい。気候も良いし人も良い。次は絶対に高雄に行きたいのだが、JALは成田と高雄の定期運行便を廃止してしまった。大変残念である。

今回感じたのは台湾の歴史を知ろうとすれば、ほぼ必ずそれは日本の歴史である。それは特に温泉地(「地熱谷・北投温泉」)で感じた。温泉を掘り当てたのも日本人とのこと。その統治時代にいったい何があったのか私たちは日本の視点でしか知らないが、台湾の視点で何があったかを知ることもまた大切なのだと思った。

台湾までもが今の香港のようにならないことを祈って

*参考*
過去の旅行記事はこちらから。
1日目

2日目

3日目
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4日目

5日目

6日目

食事記録


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