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武田敦
2024年2月12日 07:00
「俺には最初から分かっていたぜ。ちょっと年増だけど、どえらい別嬪さんだってな!」 エリザが、首をもたげるや、その若い男の方を角でどつくようにした。 若い男は、驚愕して危うく後ろにこけそうになった。 住人たちがどっと沸いた。 「おい、ステファン、デビルには人間の言葉が分かるって、ばあ様から聞いてなかったのか!『大年増』は余計だぜ」 「俺は『大年増』だなんて言ってねえ!熟れ頃の『年増』って
2024年2月11日 07:00
「わたしは、風のデイテ!――」 エリザの逞しい首筋を、いとおし気に撫でる。 「――マウンテン・デビルの背に乗って旅する吟遊詩人!」 ……わたしは、あえて帝国から来たことを言わなかった。考えてみれば、自由民だから、もともと国境は関係ないのだけれど…… 「こちらのお姉さん……あら、あなた達、このデビルが雌、女性だって分かった?」 わたしは、耳の後ろに手のひらをあてがって、住人たちの返事を待
2024年2月10日 07:00
もう一度ぐいと踏みにじって、思い切り後ろに引いた足で蹴り飛ばした――ジーンズ・スカートのスリットがわたしの思惑以上に自己主張する―― 誰かせっかちなのが、拍手する。誰も続かない……あと一押しだ! 「あら、あなた達、SSIPのシンパって訳?」 すぐに反応があった――何人もが首を横に振る…… (ここの人達も、SSIPやそれに代表される政府、その苛烈な法、施政に恨みがあるのだわ) 「OK!」
2024年2月9日 07:00
……すべては、アドリブだ! わたしは、右足をサッと上げて、エリザの首をまたぎ、彼女の左側にジャンプするように降り立った――SSIPのコートを翻しながら、長い(?)足を見せつけるように―― やおら制帽を脱ぎ、住民の輪の中に投げ入れた。 住人は、嫌なものが飛んできたとばかりサッと避け、誰も受け取ろうとしない。ぽっかり空いた空間に、制帽は虚しく転がった。 次いで、コートを脱ぐ――カッコよく(?
2024年2月8日 07:00
エリザは、バタバタと勇壮な羽音を立てて、とてもカッコよく逞しい四本の脚を接地させた! 首をもたげて、ぐいと周囲を睨みつけた。 百人近い住人達は、老いも若きも、男も女も、全くの無言で、口をぽっかり開けて、視線はわたしとエリザを交互に見ている……エリザ、わたし、エリザ、わたし――全員の首が振り子のように左右に動く様に思わず吹き出しそうになる…… 次はわたしの番!カッコよく、エリザの首から飛び降
2024年2月7日 07:00
ついに、わたし達は街の上空に達した。エリザは、まるでわたしの意を介したかのように、小さな街の外郭を一周し、土埃の舞う中央の広場へと向かった。 今や、街の住人は、さっきまでとは逆に、広場へと雪崩を打っていた。デビルの背にわたしが乗っていることに気付き、そのデビルが、広場へと舞い降りようとしているのだ。皆驚愕に目を見開いて、口々に叫びながら上空のわたし達を指差している…… 「いてっ!」 わたし
2024年2月6日 07:00
徐々に近付いてくる鉱山街は、染みのような存在から、縮尺の小さな地図、そして建築模型へと成長し、わたしは、街の印象を心の中いっぱいに吸い込んだ……鉱山というより、フロンティアの開拓地にできた俄か作りの街……トタンの屋根に、土の壁、あるいは、ログハウス……錆びた機材が山積みになって…… 汚れ放題の身なりの住人たちが、蜘蛛の子を散らしたように走り回っている。 はじめ、それがわたしの登場がもたらした
2024年2月4日 07:00
でも、この大地には鉱物資源としての価値があり、ロマンティックな想いとは無関係に、人の手が入ってくる…… 「これから行く鉱山街って大きいの?」 『大きい所へ行きたい?』 直感的に、それは避けたかった。何事も、徐々にだ。最初の小手調べ、というものがある……。これは後付けだが、段々にヒートアップしてゆくやり方は、戦略的にも正しかった、と分かることになる。 わたしの心は、吟遊詩人としての即興精神
2024年2月3日 07:00
『ふふ。さすがは、詩人さんね。あなたが盆地、盆地と言っているあの地形、実はカルデラなの。巨大カルデラ』 「火山だったの!」 『安心して、死火山だから。……見た目には別世界のように見えても、『盆地』の中と外は、地質学的にはつながっている。鉱物が豊富』 わたしは、改めて登りゆくアンコーナの太陽に照らされた大地を見晴るかした。 ……きっと陽の角度によって山肌の色彩は、驚くほど繊細なグラデーショ
2024年2月2日 07:00
わたしは、目を見開いた。――あと数秒であそこを! そして……やんぬるかな、やっぱり目を瞑ってしまった。エリザの逞しい首に指先から足先まで全身でしがみつきながら…… フッと風圧が弱まった……先刻までのわたし達が大気を切り裂く槍のようだとすれば、まるで凧のように…… 恐る恐る目を開いたわたしは、盆地の中とはまるで違う弱い気流の中を、エリザの背に乗ってゆったりと滑空していた。眼下の風景は、つい昨
2024年2月1日 07:00
わたしは、いよいよ新しいステップを踏み出すんだと思うと、わくわくしてきた。シャルルの助けなしに、一人で道を切り拓いていく……でも、ちょっと待って!作戦も計画も何も考えてなかった! 「ままよ!」 アドリブ、即興は、吟遊詩人の十八番じゃない! エリザは、西の方角へ――という事は、無人地帯のさらに奥地という事か――鼻先の角を向けると、風を捉えて一気に急上昇し、わたしが何だか空気が薄くなってきたん
2024年1月31日 07:00
それで、会話は途切れた。わたし達二人(?)とも、何となく黙り込んでしまった……心が読める二人の間で沈黙なんてものがあるとすればだが…… わたしは、悠然と滑空するエリザの首筋につかまりながら、気流がその強さを増してきていることに気付いた……太陽はどんどん高くなっていく……エリザは、ちょっと体の一部を動かすだけで、自在に虚空を切り裂いていった。 『そろそろ行きましょう!』 彼女は、この時を待っ
2024年1月30日 07:00
『どちらも違うわね』 「?」 『トリックがあるの』 「トリック?」 『もし公園には彼らは入れない、となると、私達は、大挙してその地に移住することになるわ……もともといた部族と争いが起きるわね』 確かにそうだった。 『公園への彼らの立ち入りは、何の前触れもなく、突然解除されるの』 ……そういうことか……殺戮の為のおぞましいシステム…… 『それには何のパターンもなく、結局、長い目で見
2024年1月29日 07:00
「はあー……」 とても気持ちのいいため息が出た。 「今気付いたんだけど、エリザ、この盆地に、人間は住んでいないのね?」 エリザは、少し羽ばたいてから答えた―― 『そう。素晴らしい所なんだけど、人がたくさんいる海岸地帯から隔絶された山岳地帯の中にあって、しかも、昼夜、季節の寒暖の差が激しい……あなた達の言葉で何と言ったかしら、自然保護区?』 「保護区……」 『……公園に指定されているよ