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「コラムの手前のざっとした文」或いは「小説未満」

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「私」を題材とした創作です。
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#エッセイ

覆面頭痛座談会

覆面頭痛座談会

馬力と無理の効かない持病は厄介である。

例えば片頭痛、完治はないのに生活の質は著しく下がる。痛みが増長していくときはひどく絶望的である。その後、頼りの偏頭痛用頓服薬も効かず、とうとう痛みがピークに達したとき絶望を通り越してこう思う。ああ、昨日は痛くなかったのだ。大体の事は起こってから初めて気づく、それが起きていなかったことに。

片頭痛は9歳頃からの付き合いなので対処の手はいくつかもっている。言

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米を炊く

米を炊く

朝起きるといつもと違う。

額から上は雲に覆われていて、肩には小さな悪魔が乗っている。背中は始終風が通り抜けている。

人に言えば、毎日夜更かししてるからでしょうと言われ、思い当たる節があるので、確かに、などと口ごもり平素のように暮らしていた。

平素のように装いながらも、あまりに動作が緩慢なので、おかしいと思い、薄暗いうちに米を炊いて寝てしまうことにした。

何かが普段と違う時、必ず米を炊く。

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わたし的そうじぜん

わたし的そうじぜん

庭掃除をする。 

何も考えず、行えば行った様になる。
あらゆる出来事が遠ざかって、正確に一人きりになっていく。

手入れの行き届かない庭なので、その度に大層になる。硬い竹箒で外側から履くと、驚く程の量の枯葉が集まる。夢中で葉を集めていると真っ赤な南天の実が突然目の前で揺れる。どうしても引き抜けない草の根を掘り起こすと、まるで水に映った世界がそのまま奥にあるように、地上と変わらず根が伸び続けている

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その後の「さんまんえん」

その後の「さんまんえん」

三万円の枕が欲しい。頭がスースーしてよく眠れるらしい。

私の枕は相変わらず、ぺちゃんこである。
ぺちゃんこな枕を選ぶのは、身体の形が平だからだ。

ふっくらとした枕は西洋人のような曲を持ち合わせているからこそ、身体に合うのである。

とはいえ、布団の上に転がっているそれがあまりに不憫なので、
先日、食料品の買出しのついでスーパーの二階の洋品店で新しい蕎麦殻の枕を購入した。

買ったなりの状態では

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さよなら仮想世界

さよなら仮想世界

昔、映画ジョーカーを見たときに、まさかあのまま終わるとは思わなくてラストのシーンに驚いた。正直そのままじゃないかと思った。

では私は何を期待していたのだろう?

ジョーカーが突然コメディアンとしての才能を開花させて社会的な成功を得ること?

狂気に向かう心を軌道修正して且つ現実を受け入れて犯罪を犯さずに今まで通り生きること?

それともドラマティックな出会いによるハッピーエンド?

否。私は何も

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秋のミイラ

秋のミイラ

雨上がり頭痛治る。

乾いた陽射しが廊下の無垢板を照らし、くっきりと影をつくるので、廊下で寝転がる私も日向と日影でまだらになっている。

体を動かさず静かにしていると、少しずつ体温が下がって日が暮れていく。

体温調節が楽な秋は、家中どこでも眠れるので、普段使わない二階のベッドで横になり、廊下に布団を引っ張り出しては眠り、台所にマットレスを持ち込んでは、転がる。

じっと横になっていると自分の体温

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ラーメン屋台

ラーメン屋台

「いややったら食べなはれ。ひもじい寒いもう死にたい不幸はこの順番に来ますのや。」の言は、『じゃりんこチエ』から。

衣食住足る上での悩みは、私の場合は、食べて風呂に入って冷める前に布団に入り目を瞑れば済むが、衝動に駆られて夜の酒場へ出掛けていってしまうのは、有り余る体力があるから…。

酒を飲み、炭水化物をとりたくなり、最終的には屋台の豚骨ラーメン、始発を待ちながら24時間営業の喫茶店、又は無意味

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かりんとう

かりんとう

かりんとうを口に放りボリボリと噛み砕く。

骨に響き耳の後ろで音がする。その後、熱い茶を飲めば舌が痺れ脳が甘くなる。

湯呑を洗い裏返して夕寝する。

夕寝は廊下に布団を引っ張ってきて敷き、庭の見える窓のそばで転がっているのが良い。

そのうちに日が暮れどこもかしこも薄暗く全身一色になっている。

重たくなった頭を持ち上げ、台所に戻る。

台所で裏返され乾いた湯呑に水を入れる。一気に飲み干した後、

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いがぐりが鳴いている

いがぐりが鳴いている

電話に出ると、すみません、寝てましたか、と言われる。

起きてから既に3時間以上経っている。

起きていました。

簡潔に答えるのは、いつもの事だからだ。何時に電話に出ても寝起き声であり、すみませんというのは寧ろこちらの方である。要は私の発声の仕方が悪いのだ。

レジ袋が無料だった頃、袋お入れしましょうか?の問いかけに、「はい」と言っても三回に一回は袋には入れられず品物を渡された。店員側からすれば

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見つかる

見つかる

石の上で、小さなトカゲが日光浴をしているのをジッと見ている。

トカゲは繊細に作られた前足で踏ん張って、胸をそらして、非常に熱心である。見ている私に気付いているのかいないのか、警戒せずに、恍惚の様子で、夜の間にすっかり冷えてしまった身体を暖めている。

恍惚のトカゲを見る私の後ろから足音がする。青乃さんと呼び掛けられギクリとする。

見つかる時は一瞬だ。

私は慌てて立ち上がる。

その無遠慮な様

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私と書くこと

私と書くこと

書くことが苦手である。

頭の中と言葉がちぐはぐで、スッキリせずに、気持ちが悪い。言葉を使う時点で、別物だけど似ているものを無理にとってつけたような気がするからだ。

それでも、現実には自分の仕事を言葉にしたり示さなければならないことがある。言葉で説明したくないから言葉以外で表す仕事をしたわけで、と、大家でもないのに不遜にも思っていた。

ある日、書くのも、言い訳するのさえも、面倒になり、初めてそ

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寝床のはなし

寝床のはなし

朝、目覚める。

掛け布団を縦半分に折り、剥き出しになった身体を横にしてから起こし、掛け布団を戻し、寝床から出て、障子を開けて、廊下を歩き、玄関の扉を開けようとする。私の家の玄関の鍵はロック式であるのに、今朝はなぜか錠前式になっている。扉には見慣れない金具が埋め込まれ、幅十センチ程もある重たそうな南京錠には、緑色の塗装がしてある。塗装の刷毛跡の凹凸が残り、雑な塗り方だと思う。南京錠に触れると、ひん

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妄想蟷螂劇場

妄想蟷螂劇場

玄関先に屈んで鉢植えに水を加えていると、妙な心持ちになった。

立ち上がり、屈んで居た場所から少し離れる。

違和感の跡を辿る。地面、素焼鉢、土、植物と順に目線を上げていくと、その奥にある葦簀の真ん中に、葦簀と一体化した枯れた色の蟷螂が、しがみついていた。

掛けっぱなしの葦簀はすっかり乾き切っていて、蟷螂は合わせたように同色である。そっと近づきあらゆる角度から、無遠慮に、見る。毛羽立った細い足の

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