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短編集(2024)

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2024年1月の記事一覧

前髪が耳にかかる頃に。

前髪が耳にかかる頃に。

前髪が耳にかかる頃に。

天井をダダダと銃撃されたような激しい雨音で目が覚めた。むくりと起き上がると泳ぐ雨粒でぼやけた窓にぼやけた自分がだらしなく映っていた。

雨。和室にベッド。

ミッともギッとも聞こえるどちらにせよ新しくはない足音を残しながら洗面所にいった。和室から板張りの廊下に出ると足の裏がヒヤリとした。年季の入った焦茶の狭い廊下は「フローリング物件」として売り出してはいけないと思った。立

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いつから

いつから

「いつからここ住んでんの」
「3年前」
「へー、穏やかでいいところだね」
「まあね」
「お茶、どうぞ」
「お構いなく」とくすくす笑いながらズズと茶を啜り「あちっ」と舌を出した。
「猫舌なんだ」
「そうだよ、知ってるでしょ」
「言われてみればそうだったかも」
そうだ、高校生の時一緒に焼肉に行った。彼女は熱々の肉を念入りに冷ましてから食べていた。
「井上はいつまでこっちにいるの」
「んー、決めてない」

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なにしてんねやろ

なにしてんねやろ

何してんねやろ。

なんて思わなくもないけどなあ

なんて思いながらこたつでパチパチとタイピングする。

趣味に理由なんて求めるから苦しいのだ。そう言い聞かせ、パチパチパチ。

もう数え切れないほど書いた。1000文字の短編も10万文字の長編も。ネタはあるけれど、思いどりに書けたと自信を持って言えるものはまだない。

何してんねやろ。

才能がないこと、才能が必要なことは高校生の時に嫌というほど学

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きつね

きつね

全てが終わってしまった今。

それはよく考えればとても奇妙な話だった。

なぜなら僕は今の住所を誰にも教えていないし、そもそも引っ越したことさえ知っている人は少ない。でも当時の僕は、彼女が僕のことを探っていたとか、あるいはストーキングしていたとかそういうのは深く考えず、ごく普通に、彼女を部屋に入れた。

呼び鈴のないボロアパートのドアを3度ノックされ、でたら彼女がちょこんと立っていた。高校を卒業し

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朝。

朝。

あー、これ旅行とかでよくあるやつだ。

起きたら一瞬戸惑うやつ。

まさか引っ越して1年以上経つのに起こるとは。

なんか懐かしい夢を見た気がするけれど、よく覚えていない。でも汗びっしょりだから気持ちのいい夢ではなかったんだろうな。

どっちが夢なんだろうねえ、なんて呟きながらシンと冷えたキッチンでポットにお湯を入れ沸かす。吐く息は白く、隙間風は冷たく、立て付けの悪い窓はガタガタと。

スマホで時

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18歳、6月の夏。

18歳、6月の夏。

ッパーーーン!!

乾いた音が夏の夕空に響く。僕は審判のコールに合わせて冷たい金属のコントローラを操作する。ストライク、と。センターの後ろの移動式のスコアボードは僕の操作通りに黄色の丸が一つ増えた。

チッとバットが掠りガシャーンとネットが鈍く揺れる。ファール。これでツーストライク。僕はボタンを押す。

ボール、青。ファール、押さない。ファール、押さない。山井が投じた6球目はドロンと落ちるカーブで

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スタンドで君を想ふ。

スタンドで君を想ふ。

拝啓

3年ぶりですね。

今日、あなたを見ました。

本当はグラウンドでユニフォームを着たあなたを見たかったけれど、仕方ないですね。こればっかりは。

少し残念だけれど、私(「うち」って言ったほうがいいかな。でも文字にすると「うち」はちょっとこそばゆいのでやっぱり「私」で)はあなたを責められませんし、それはちょっと違うと思うのです。

久しぶりの地元はなんだかホッとしますね。大阪も暑いけれど、横

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強まる雨音、図書館で。

強まる雨音、図書館で。

とても冷たい雨が降った日だった。

僕は図書館で彼女を見かけた。

脚を組んで、上履きを半分脱いでぶらつかせ、猫背で雑誌を読んでいた。学校の図書館には古い本しかないと思っていたので僕は少し驚いた。彼女が読んでいたのはバスケットボールの情報誌でチラと見えた表紙には「インターハイ速報」と書かれていた。彼女はバスケ部だった。

肩まである短い髪を左手で弄びながらほとんど無表情でページをめくっていた。人が

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黙々と、モクモク、キーボード彼女

黙々と、モクモク、キーボード彼女

ねえ、なんで小説を書くのさ。

聞いてみた。彼女は僕が家にいようがセックスの後だろうが、ちょっとでも隙間ができるとお構いなしにキーボードを叩く。タバコを咥えて。黙々とモクモク。

「それは、”仕事だから”以外で?」
「うん」

死にたいから

重すぎる答えに閉口した。

死にたいのと小説って関係あるの?

彼女は僕に背を向けたまま続ける。痩せ型の、ゴツゴツした背中には生と死が混在しているように見え

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ないものはなく、狼。

ないものはなく、狼。

動物で例えると、キツネとか狼で。

切れ長の大きな三白眼と肩まで伸びた黒髪、鼻がちょっぴり高くて、背は低い。フレアスカートに真っ白なスニーカーを履いていて、いつもツーサイズ大きいパーカーを着ていた。

低い声と乱暴な口調で、そこに「彼氏の前でだけ甘える」なんてギャップがあればモテるのだろうけれど、そんなものはなく、ずっと、淡々と口が悪かった。

手なんか繋がないし、そもそも繋ぎたいとか、くっつきた

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