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前髪が耳にかかる頃に。

前髪が耳にかかる頃に。

天井をダダダと銃撃されたような激しい雨音で目が覚めた。むくりと起き上がると泳ぐ雨粒でぼやけた窓にぼやけた自分がだらしなく映っていた。

雨。和室にベッド。

ミッともギッとも聞こえるどちらにせよ新しくはない足音を残しながら洗面所にいった。和室から板張りの廊下に出ると足の裏がヒヤリとした。年季の入った焦茶の狭い廊下は「フローリング物件」として売り出してはいけないと思った。立て付けの悪い引き戸をガガガと半破壊的にこじ開け、風呂場に干してあるフェイルタオルを乱雑にひっぱり寝巻きのけつに押し込んだ。

顔を洗おうと蛇口に向かってかがむと前髪が視界を遮った。

髪の長さで季節を感じた。最後に切った時、まだ桜が咲いていた。人の髪は1年で10-12cm伸びるという。あの時はまだ前髪が目にかかっていなかった。

人に会うことも、家から出ることも滅多にないので髪を伸ばしている。

2ヶ月に1度地元の病院に薬をもらいに行く。そのついでに実家に顔を出して自分の部屋(だった)から本を何冊か持っていく。欲しくて買った本が実家にあった、なんてことが何度もあったのでまずは実家にあるか確認するようにしている。

親は僕に会うたびに「生きてるならよし」と言う。

でもこの前は「髪切らないの?」と言われた。「髪切るお金ないの?」とも言われた。伸ばしてる、と言うと「ああそう、あんま似合いそうにないけど」と僕の頭を指した。

鬱屈とした木造アパートの一室で、時代に取り残された間取りの、旧時代のアナログ洗面台で前髪に当たらないようにバシャバシャと顔を洗った。顔を上げるときに前髪を掻き分け、両耳にかけた。前住人が残していった割れたくもり鏡に映る自分は幾分か生気を取り戻し、現実を実感した。

そろそろ結べそうな気がしたので髪を寄せ集めてちょんまげを作ってみたが、まだまだ難しそうだった。

生活費になります。食費。育ち盛りゆえ。。