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小さな応援歌

先日、いつものように息子に宅急便を送った。

息子は他県の大学に通い、一人暮らしをしている。そして夕方はあるスーパーでアルバイトをしている。

いろんな商品の値上がりなどもあって、お米やカッ麺などがあるととても助かるらしく、私は毎月、あれこれ考えながら箱詰めして、簡単な手紙を添えて郵送するのが日課となっている。

お礼の連絡があった際、大雨の話になった。

「なんか熊本でも警報続きで、避難勧告とかも出てるんよね。今ニュースで確認したらさ、そっちもかなりひどいみたいやん?リュックにお水とか詰めたりカロリーメイトなんか用意して、万が一に備えなんよ!」

「うん。今のところは全然平気っぽいけどね。チャリでバイトも行けたし」

「そりゃそうやけど、なんかあってからじゃ遅いけん、準備だけでも・・」

「わかった、わかった。パパさ、見かけによらず結構心配性だよね?おれも小さな子供じゃないんだけん、そこまで心配せんでもいいよ。避難場所も近くにあるしさ。」

大体いつも、こんな感じである。

私はどちらかと言えば、と言うより、息子の指摘通りかなりの心配性であると自覚している。

一方、息子は、肝が据わっていると言うか度胸があると言うか、あまり物事に動じない性格で、子供の頃から何に対しても慌てている様子を全く見た記憶がない。劇の発表会でもピアノコンクールでも、それこそ受験の際でもいつもリラックスしており、友達とゲームの話なんかで盛り上がっている。

父親である私の方がかえって心臓が飛び出るような思いで、いつもハンカチで汗を拭っていた思い出しかない。

『今さらジタバタして慌ててもしょうがないじゃん?』

同じセリフを、亡くなった妻がいつも口にしていたので、

「はぁ、こういう時の瞬発力と強心臓はおれじゃなくて母親似なんだなぁ、よかったよかった、頼もしいよ!」

と、頭を掻きながら母に話すと、

「あんたは小さい時からあれこれ考えるタイプやったもんねぇ。もしこうなったらどうしようってあたふたしてるけん、『この場になってごちゃごちゃ余計な事を考えなさんな!努力した分の力が出る。力が出せなかったらそれくらいの努力しかしてないって証拠だよ。余裕を持てるくらい、次からは練習しなさい!!』そんな感じであたしは何回怒ったろうかねぇ」

そう言って笑った。

「でもまぁ、父子家庭だし、子供に関しては、あんたは母親代わりもせないかんからね、あれこれ心配してあげるのも大事な仕事かも知れんねぇ」

「でもおれよりママの方が気が強くて動じないタイプやったけん、もし生きてたらやっぱりおれの方があたふたしてたよ多分。」

「それならもうどうしようもないたい!笑うしかなかばい!」

そんな会話をしながらの晩酌に限ってなぜか美味しい。


息子が小学生の頃、童話発表会という恒例行事があった。

各学年から代表者が一名選ばれ、まずは学校の発表会が行われる。

学年ごとに定められた時間内に収まるような本を暗記し、気持ちを込めて物語を読む。

先生達の厳正な審査と判断により、二名が、学校の代表となって、二学期に行われる大きな発表会へと駒を進める。

一年生の時、何気に選んだ絵本を持って行った息子はクラス代表になり、学校代表となって町の大会にも出場するに至った。

小学校六年間の生活で、どういう訳か息子は全て学校代表に選出され、町の大会でも勝ち進み、さらに上の大会に進んだ年あった。

一年生で初めて学校代表となった際の本は、
『ずっとそばに・・・』
という絵本であった。

仲良く森で暮らしていた動物たちが、人間の森林開発によってエサを奪われ、みんなの代表としてくまさんが人里に降りて行く話だった。

私と息子は、

「森の動物たちの生活を少しでも知りたいね」

と話しながら、裏山に絵本を持って行って練習をした。

「人間が突然襲ってきたらどんな感じかな?」

「こんな風に隠れるかな?」

「みんなのために、ひとりで人間の住む村に出かける時、くまさんはどんな気持ちかな?どんな顔をしているかな?」

あれこれ描写を考えながら、身振り手振りを交えて朗読をした。

汗をかいては麦茶を飲み、蚊取り線香を腰に巻いて時間を計りながら練習していたあの夏休みが、ついこの前のような感覚で思い起こされるから、絵本って素敵だなぁといつも思う。

体の小さかった息子は、当時はまだ走るのもドッジボールも得意ではなく、どこか自信がなさそうな、少し頼りない雰囲気だった。

だから、せっかく選ばれた発表会の代表として、ちょっとだけでもいいから何か自信をつけるきっかけになってほしいなぁと、私は願っていた。

夜は枕元に絵本を置き、たくさん付箋を貼って言葉を書き、いつの間にか絵本はボロボロになっていった。

そして二学期が始まり、最初の日曜日に大会が開催された。

大きな会場には、各学校の代表者がたくさん集まっていた。

朗読する生徒は皆、ステージの前の椅子に座るようにと、司会者から説明があった。
来賓席には、各学校の校長先生や、教育委員会の方、議員の人も並んで座っていた。
保護者をはじめ、観覧者の席は、会場の後ろの方だった。

「しゅん、大丈夫かい?こんなたくさんの人が観に来るなんて、パパ、想像してなかったよ。ごめんな、一年生で初めて選ばれて、パパは呑気に考えすぎてたよ。こんなに大きな大会って少しでも予備知識があれば、もっと人がたくさんいる場所で一緒に練習したんだけどなぁ。しゅん・・」

私は会場の雰囲気に飲まれ、頭痛ばかりかちょっとした吐き気とめまいにも襲われそうだった。

なんと情けのない、ちっぽけな父親だろうと、自分が情けなかった。

もっと気の利いた言葉で励ましてあげたいのに、周りをキョロキョロ見渡すのが精一杯で、「とにかく落ち着こうね!」と、繰り返すだけの、本当に頼りない小さな父親だった。

「あ、パパ。あそこにいる子、この前キャンプで一緒だった子だ!他所の学校やけど、アニメの話で仲良くなった!あ、そっちの子は確か音楽会で見た覚えがあるよ!」

「え?そうなんだ?しゅん、緊張とかしてないの?」

「うん。だって緊張してもどうにもならないもん。おれ、学校の発表会でも全然緊張せんかった!じゃ行って来る!!」

そう言うと元気に走って席へ向かった。

頼もしいなぁと思う反面、私はさらに緊張度が増し、ボロボロになった絵本を抱え、観覧席へと歩いて行った。

胸が鳴っているのかお腹が音を出しているのか、それとも幻聴なのか、深呼吸を繰り返し、生きた心地がまるでしなかった。

息子は五番目の朗読だった。

私は席で、落ち着いたフリなんかしながら、もう何度も読んだであろう絵本をまた最初から開き、目で追って意味のない予行練習をしていた。

生徒の交代のちょっとした空き時間に、

「みんな上手ですねぇ」

と、笑顔で話しかけてくださった隣のお母さんに、一体どんなお返しの言葉を発したのか、今でも思い出すことが出来ないくらい、心臓が破裂しそうな小心者の父親であった。

息子の番が回って来た。

練習通り、ペコリとお辞儀をし、学校と学年、名前を元気よく発したので、私もハッと目が覚める思いだった。

「よし!緊張はしていないようだ。このまま無事に発表してくれな!あんだけ練習したんだけん、大丈夫や!よし!」

それは息子へではなく、自分自身への応援のようにも思われたけれど、もうなんだっていい!!とにかく、とにかく無事に終わってほしい。

いつの間にか、応援が、頼りのない祈りに変わっているのが自分でもはっきりと分かった。

どれくらい時間が経った時だろうか。

ふと顔を上げてステージを見ると、息子の手振りが止まっている。

??

口も開いていないし、シーンとしている。

??

どした?

何があったんだろう?

どうやら息子は、スタートは良かったけれど、途中で暗記した文章を忘れてしまったようだった。

慌てている様子もなく、ただ、こっちを向き、言葉を出そうとはしているがなかなか次の声が出て来ないのである。

どうしようか?

時間が過ぎて行く。

何秒くらい止まってる?

まだ大丈夫か?

どうすればいい?

何か手はあるか?

何が出来る?

何か!

何か!

いつの間にか、私は本を左脇に挟み、腰を屈めながら音を立てないようにと前へ進み、席をかき分けステージの前辺りまで進んでいた。

腰をゆっくり降ろし、観客を遮らないように注意しながら、息子に向かって大きく深呼吸するゼスチャーをした。

息子も私を真似し、大きく息を吸って、それからゆっくり吐いた。

私は息子と同じように、童話を隅から隅まで、いつの間にか暗記していた。

息子が詰まっていた文の次の話から、私は大きな口を開けて、もちろん声には出さないように細心の注意を意識しながら口パクで朗読を試みた。

私の顔を見ていた息子は、忘れていた話を思い出したらしく、私と同じ口振りで朗読を再開した。

もう、途中で詰まることはなかった。

何回も読んだ話なのに、とても新鮮な物語のように思え、改めてこの絵本の新しい発見や感動に気づきながら、最後まで無事に一緒に読み終えた。

息子も終始、私の目と口元を凝視しながら、いつもの笑顔と落ち着いた様子で、自信満々に朗読を終えた。

持ち時間が終わり、一礼する時、息子がニコッと笑って、白い歯がチラッと見えた。
会場から拍手が起こり、私はそれでまた目が覚めた気持ちがした。

自分の席へ戻る時、引率してくださった担任の先生が両腕でガッツポーズをして見せ、

「おとうさん!!ナイス!!ナイス!!」

と声をかけて下さった。

眼鏡の奥で目がいっぱい笑っていた。

たくさん笑っていたので、泣いているのか笑っているのか分からないような表情になっていた。

「ありがとうございます!」

とお礼を伝えて席へ戻ると、脚がガタガタ震えていた。

心臓もバクバクと音を立てていたので、自分の体が機械のように思えた。

けれど機械の体ならば、そもそも緊張なんてしないだろうと自問自答しているうちに、いつの間にか落ち着いていた。

発表会の後、息子の頭を撫でながら、

「頑張ったやん!今までで一番上手に読めたやん!くまさんの顔がそこにあるみたいに、絵本の世界が伝わって来たよ。」

と褒めてあげた。

息子は得意げに笑っていた。

「でもさ、よくパパの口の動きでお話し思い出したよね!途中、忘れたんでしょ?パパどうしようかと思って焦ったばい。」

「おれ、緊張はしてなかったんだけど、急に次のセリフが出て来なくなっちゃった!後ろを見たらパパの赤い帽子が見えたけん、それをずっと眺めながらなんとか思い出そうとしたよ。」

「パパがさ、なんかあったり緊張したら、パパの姿が分かりやすいように赤い帽子を被って座ってるって言ってたけん、それを見つけたんだよね。そしたら帽子がこっちに来たから、あ、なんとかなるって勘が働いて、パパが口パクで読み出したから、それを見てお話を思い出したよ!」

「緊張しなかったし、また来年もここに来たいな!あ、ちょっと友達のとこに行ってくる!おーい!!」

やれやれ、と思った。

体だけではなく、早速今日から心も鍛えようと考えた。


結婚式の当日、私はいつものように汗をかき緊張していた。

挨拶も何も考えていなかった。

妻が、

『前もって考える必要なんてないじゃん。今の気持ちを伝えるのが本当の挨拶じゃない?素直に「緊張してます」って言えばいいじゃん。今更あれこれ考えても仕方ないよ。思った通りに言葉に出せば?』

と励ましてくれた。

妻は、式の挨拶で、

『私はこの人に巡り会えて幸せです。二人三脚で歩んで行きます』

と、たくさん笑って、
いっぱい泣きながら、そう言った。

童話発表会のあの日、
パパの背中を押し、
口を動かしてくれたのは、
天国のママだったかも知れないね。

そんな懐かしい思い出話を、

しゅんと、
もう何度語り合っただろう。

天国のきみにも、

届いているだろうか?













































#やさしさに救われて

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