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タスマニアスケッチ①
この仕事は
ブリスベンの話を書き終えて、タスマニアの話を書こうとした。しかし、タスマニアのことを書き始めてみると、書きたいことが多く、機微を穿つには骨が折れた。そこで一度このマガジンから離れ、オーストラリア滞在中の精神的動向を暗喩的に置き換えた小説を書いてきた。
ところが、いや、当然のことながら、タスマニア生活をメタファーに小説を書くフェーズに入ると、筆が止まった。置換作業を行うには元の輪郭
坂の多いまち 其の二
新しい生活に慣れ始め、無くしたものが残した穴を時間の垢が埋め合わせた頃、私はロッククライミングを再開することにした。ブリスベンの街中には大きく蛇行した川が流れていて、ヘアピンカーブをもたらした岩盤層が剥き出しになり、クライミングスポットとして名を馳せていた。カンガルーポイントと呼ばれるそのエリアは、都会に住むクライマーにとって絶好の練習場所であった。私はSNSを通じて、地元のクライマーコミュニテ
もっとみる坂の多いまち 其の一
坂の多いまちだった。
中央の駅から長い坂を登って街を抜けると、公園の中を突っ切る長い階段が現れる。これを足の裏に汗をかきながら登ると、私が部屋を借りた町に辿り着く。
部屋といっても、一軒家の一階の一室を四名が共有する形で、週に一二〇ドルの家賃であった。二階には共有のキッチンやダイニングがあり、三階には一階と同様な仕組みで女性たちが暮らしていた。シャワーはそれぞれ一階と三階の部屋に備え付けられ