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男木島(瀬戸内海) 旅は道連れ,祭りのあと,"コミュ力"の神の御利益?

 その日は高松港より、瀬戸内海の男木島(おぎじま)へ。

 女木島、男木島へは、赤白ボーダーの小型フェリー「めおん」が運航している。

 芸術祭のときには、息を切らして島の急こう配の道を行き来して、賑わいのなか、アート鑑賞に回った。芸術祭は終了し、今年も終わりかけているけれど、その祭りのあとの静かな風景も見てみたいと思ったからだ。

■旅は道連れ①”コミュ神”と出会う

 船は下の写真のように、客室のほか、2階、3階にデッキがある。

 この日乗船した時間帯は人が少なく、強風のせいもあって2階デッキのベンチに座っている人もいなくて、わたしはほぼひとりで、デッキを動き回って風景を撮っていた。

 エンジン音と風の音、波の音。その中で、人の声が背後から聞こえた気がした。「きれいな海ですね」?

 空耳だと思っていると、もう一度聞こえた。振り向くと、スマホを首から下げた男の子が立っていた。「きれいな海ですね」。

 わあ、小学生男子にナンパされてしまった。いや、そうじゃなくて、そのときの海は、厚い雲の上から時折のぞく陽光が強く反射して、本当にきれいだったのだ。

 それが、その日1人目の「旅は道連れ」、小5(聞き間違いだったらごめん)の、スガちゃんとの出逢いだ。おばあちゃんちに、お墓参りに行くという。お母さんは船室に。

 かなりエモい風景が続いたので、あっちだこっちだと移動して写真を撮りながら、いろいろ話した。

 スガちゃんはコミュニケーションの達人だった。勇気が必要だろうに、知らない大人に感じよく話しかけてきて、新しい話題の振り方もとても上手だ。会話を面白くできるように一生懸命考えている感じがある。きっと、素敵な大人たちに囲まれているのだろうと想像した。

 男木島までの乗船時間は40分。その大部分を会話して過ごした。クリスマス、お年玉、漫画、ゲーム、映画、そして地元のおいしい店情報、などなど。

 香川県民にぜひ聞いてみたかった、「あなたにとっておいしい『うどん』の条件は?」を訊ねたら、麺の固さと太さ、ゆで加減、出汁、肉うどんにする際の肉の厚さ、という基準がすらすら挙がった。その上で彼なりの「おいしさ」を語ってくれ、うどん県の文化継承に驚愕した。

■"コミュ神"が小学生の姿で降りてきた

 弾む会話を楽しみながら「すごいなあ」と感慨に浸っていた。というのは、その日のわたしは、前日の島めぐりで体力が落ちていたこともあってか内省的で、今までの旅を振り返ったりしながら「やっぱり、コミュニケーションが課題だなあ」と、かなり反省モード、というより、ちょっと「落ちていた」からだ。

 若いころから一人旅派で、当時は主に海外に、たくさんの旅をしていたけれど、それは結局、自分の中をさまようようなものだった。

 どこを歩いても何を観ても、結局自分の中の「ぐるぐる」に落ち着いてしまう。ぐるぐるの行先は、(わたしの場合は)自分を深掘りしすぎた結果としての、不寛容に行きつきやすくなる。

 そこをなんとか超えて、人にはそれぞれの歴史があって、それに基づくものの観方の差異が、本当に面白い、どうしてそう思うのかということを深掘りして全部聞いてみたい・・・そんな気持ちに、年齢とともに入ることができた。みんなと自分が生きている世界の、いろいろな味を堪能するのは、ひとりでは難しいのだ。

 ただそのとき大事なことは、こちらがどこか「閉ざして」いると、機会はやってこないということだ。

 東京で暮らしているときは、多くの人が「閉ざしている」モードがデフォルトになる気がしている。それはそれでいい。都会ではそのほうが便利なことも多いし。

 移動という魔法を使ってそれを打破するのが旅のはずなのに、状態を自らゆるめて入っていかなければ。何のための一人旅なのだ? と。

 そんなふうに思って、話のきっかけにでもなればと、noteとInstagram、kindle本のQRコードを刷り込んだカードを作った。「繋がれるかも?」を感じた人に1枚渡す、度胸試しをしようなどと思って。笑

 それで春~秋までの瀬戸芸に臨んだわけだけど、たくさんの人とお話する機会はあったのに、じつは「1枚も渡せなかった」のだ。かろうじて、ワークショップに参加した際に、アーティストさんが名刺をくださったので、そのとき渡しただけ。

 もう二度と出会うこともない、、ということが思い出を美しくする感じは解りつつも、今はSNSがある。異なる環境にいて、しかしどこか近い人たちと、お互いちょっと見えるくらいの距離感で関係しあえることは、人生のフレーバーの種類を増やしていくはず。

 「落ち込み」の深さに反して、妙に浮上が早い、勢いに乗ろうっと、とばかりに、スガちゃんにカードを渡した。「よかったら見てね~」と。

 (あなたは、実はコミュニケーションの神様ですよね? と、半ば本気で思ったりしながら)

 そうこうしているうちに、男木島港に到着。よいお年を!

■旅は道連れ②猫のカメラマンさん

 港から、屋外アート「歩く方舟」を目指して歩き始めた。次のフェリーは17時発、最終便だ。

 港にはほぼ人がいなくて、ああこれが、日常の風景だったのだなと。こんな、祭りのあとのほてりがのこっている感じの場所は好きだ。

 レジーナ・シルベイラの「青空を夢見て」の向かいで、猫を撮っている男性がいた。

 そういえば、芸術祭のときも、島の猫を撮っている人いたなあ、などと思い出しつつ、しかしその人は、装備と雰囲気が、ちょっとプロっぽい感じがした。

 そのときに撮っていらした、この子↓ について話すうち、

 その方がコロナ前までは東京でプロカメラマンとして活動し、コロナ禍でUターンされ、今は島を旅して「猫を」撮っている方だということが判明した。しかも東京でのかつての住まいのひとつは、現在のわたしの自宅兼仕事場からの徒歩圏。

 出版業界ならではの空気感や会話のリズムがあるので、早くも「旅は道連れ」の第2弾だ。というか、願いが叶うのが本当に早すぎで、これはスガちゃんの御利益に違いない。

 人間の子どもとか動物とか、つまりは生き物は、撮るときのコミュニケーションがすごく難しい・・・ことはよく想像できる。撮った側の技術や人間性みたいなものも映ってしまう気がして、わたしは手が出せないのだけど、しかし。

 つられてレンズを向けてしまうと、猫は本当に飽きないのだった。

 プロの方に講評していただいたことがないので、もし帰りにお会いできたら(というか、17時のフェリーに乗るしかないので、必ず会えるわけだけど)、過去の写真について意見をいただければいいなあ、などという目論見もありつつ、ここでもカードを渡すことに成功。ふぅ~。

 降臨中の"コミュ神"よ、勇気をありがとう。

■瀬戸芸、祭りのあと

 ではフェリーで~、とあいさつして、先へと進む。「漣の家」(眞壁陸二)は、元の倉庫に戻っていた。

 そしてその先、「歩く方舟」(山口啓介)へ。以前、午前中に来たときには歩いて作品近くまで行けた砂浜は、ほぼ水没していた。

 この作品をもう一度観たかったので、ゆっくり鑑賞できて満足。

 夕暮れを待つ漁港。


■急な坂道を上がり、夕景を観る

 来た道を戻り、男木島の特徴である急な坂道(山道?)をのぼった。

 この時期、東京の陽の入りは16時半、瀬戸内海は17時頃。日没に近い、明るい日差しが海を照らしている。

 ひたすら猫を撮りながら移動している猫カメラマンさんと、ところどころで出会いつつ(島では、そういうことってある)、一足先に港に戻った。この日のハイライトの、サンセットが待っているのだ。

 最終フェリーは入港中。

■船上からサンセットと薄暮を撮る

 乗船して、再びデッキへ。陽か沈んでいく。

 薄暮の時間が訪れる。この日の薄暮は長くて、手持ちでも結構長い時間、撮ることができた。

■最後のコミュ力を振り絞る

 すでに出発から20分経過、女木島に停泊した。さて、ここからがちょっと、難易度高めの課題となる。船室(狭い)に入ったあと、明るく、猫カメラマンさんにコンタクトできるか、だ。

 これが通常はなかなか難しくて、もうカードも渡したわけで、一応つながりのきっかけは作った(つもり)なので、じゅうぶんがんばったのでは? という自分の声もする。それにほら、お疲れかもしれないし、迷惑だったら・・・えーい。

 コミュ力の神様の力を借り、「お疲れさまでした~陽の入りと薄暮を撮ってました!」と、声をかけてみる。

 するとなんと、さきほど渡したカードのQRコードから、すでに作品類を見てくださったとのこと。ありがたい!とばかりに、忌憚のないところを、という感じで、いくつか質問させていただいた(インタビューになると、仕事モードを借りることができるので、一気に楽になってくる)。

 その回答は、SNSのフォロワー数アップや、収入にしたい、というなら、そのためのHowToはあると思うけれど、それらが目的ではなさそうですよねと(うん、うん)。

 ならば、こんな感じで、引き続き撮りたいものを撮って発表する、でいいと思う、と。加えて、例えば、もし、建築写真風に撮りたいといったことがあるなら、そのためのレンズを買い足していく、みたいな方法はあるけどね、と(なるほど)。そしてそのレンズの「あり」「なし」の比較は、ネット検索すれば出てきますよと(ありがたし)。

 というお話を聞いて、自分が何に躊躇していたか、わかってきた。

 出版まわりの友人も多いなか、低クオリティのものを発表していて、いつか周囲が知ることとなったとき、「さすがにこれはないわ~」的に思われるのは、自分的にちょっとね、ということだ。それは、「そんなことないですよ」と言ってほしいんです、という主観的な承認欲求、とは大きく違って、鑑賞の許容範囲か否かということ、みたいな。。

(まあ、マニュアルに書かれていることを忠実に行えばカメラはちゃんと仕事してくれるので、創意工夫はほぼなく、それしかしていないのもどうなのかな、というのはあるが、それは今後の課題の一つとして)

 そもそも、アマとかけ離れた技術を習得しているプロの方に見ていただくのもこの場の「勢い」で、仕事関係者相手だったらありえないことなので。。なんだか、自意識過剰すぎる自分に呆れつつも、同時にふっと軽くなって、「よーし、気のすむまでやろうっと」と思った。

■夜明け前が一番暗い?

 疲れからくる謎の落ち込み→コミュ神との出逢い→ちょっとした勇気→このまま進めばいいじゃん、の気づき、の一連の流れからは、「夜明け前が一番暗い」という言葉が浮かんできた。

 こうして文章にして、編集者として見ると「書き手の『落ち込み』にリアリティが感じられず、なぜ?というその原因について、もう少し掘り起こした方がいい」とチェックしたくもなってくるわけだけど、言語化できるのはここまで。たぶん、この謎の落ち込みの原因は、とっても深い。

 しかし、なんとなく、大きな壁は突破した気がした。

 もし船に乗らなかったら、をはじめとして、この日のできごとは、小さな偶然が次つぎに繋がって起きたことだ。そしてその前提は、旅に出た自分が、柔らかになったから、だ。

 まとまりが悪いけれど、このへんで。ともあれ、この日の諸々のシーンは、これからも長い間、わたしの中に残り続けるだろう。


 

 

 

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