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読書感想 『沖縄から貧困がなくならない本当の理由』 樋口耕太郎 「2020年現在の必読書」

 沖縄に何度か行ったことがある。
 初夏の石垣島は、とても太陽が強かった。空港に降りた時は、初めて空港の地面を歩き、荷物を受け取るところには、地元の英雄・具志堅用高の写真が誇らしげに飾られていた。島の道路を走っていると、左右に牛がいた。時間の流れが違って感じた。
 12月の沖縄本島は、まだ寒くなかった。
 海はある地点までは、緑とモスグリーンの間の色で、とても澄んでいて、ある地点から、急に濃い青い色に変わっていた。
 そんな海は見たことがなかった。

 それから、ずいぶん長い時間、沖縄に行ったことはなかったが、いろいろな話題は常に届いてきた。
 米軍基地の問題。沖縄戦の歴史。様々な表現者の故郷。憧れのリゾート。
 私のようなそれほど知らない人間が語ってはいけないのだろうけど、複雑で多彩な側面を持つ場所というイメージだった。

『沖縄から貧困がなくならない本当の理由』 樋口耕太郎

 冒頭に近いところに、こんな文章がある。

 沖縄に魅せられた多くの人が、その最大の魅力は島の人の穏やかさ、温かさ、だと口を揃える。
 またその一方で、沖縄社会における、自殺率、重犯率、DV、幼児虐待、いじめ、依存症、飲酒、不登校、教員の鬱の問題は、全国でも他の地域を圧倒している。
 なぜ、「好景気」の中で貧困が生じ、「優しさ」の中で人が苦しむのだろう?
 本書は、この問いに、真正面から向き合うものだ。 

 本文は227ページ。この中で、そんなに掘り下げられるのだろうか。 
 最近の新書版にありがちな大きな言葉の断定口調に、やや疑いを持ちつつ、読み進めたのだけど、その疑念は、かなり早々に取り払われ、まずは、自分が無知だったせいもあるけれど、今までの自分の中の「沖縄」とは、まったくちがう「沖縄」が、次々と突きつけられる。

 沖縄に行くと、必ず目にして、そして飲んでいたオリオンビールが、どの様な背景を元に、地元・沖縄で圧倒的に強いのか。
 1995年の米兵少女暴行事件から、基地反対運動が広がり、それに対して日本政府による、見えにくい経済援助が行われたこと。それにも関わらず、豊かにならなかった社会構造。

 そのような話だったら、深刻とはいえ、少し遠い出来事のように感じ、個人では、どうしようもできないこととして、勝手な方法とはいえ、心理的に少し距離をとれたのだけど、「クラクション」のエピソードから、長い間、行ったこともない沖縄が、じわじわと湿った恐さのイメージに覆われてきた。


鳴らせないクラクション

 たとえば、沖縄の道路では、クラクションが鳴らされることは、あまりない、といわれている。
 この事実だけだと、「優しい沖縄」そのものの印象だが、2004年から、全く縁がない土地として沖縄にビジネスパーソンとして住み始め、住み続けているこの本の筆者は、それを「鳴らさない」ではなく「鳴らせない」と表現する。

 もし私が毎日クラクションを鳴らしながら生活をすれば、プライバシーが事実上存在しない沖縄社会で、「樋口さんは怖い人さーねー」という噂、あるいは言葉にならないニュアンスがなんとなく広がり、やがて私の周りから人影が少なくなっていく。  
 このルールは、本土人の目には見えない地雷(?)のようなもので、「沖縄の空気」を読めずにいると怪我をする。 

 それは、沖縄社会の特徴が、具体的な形として出ている光景らしい。

沖縄社会は、現状維持が鉄則で、同調圧力が強く、出る杭の存在を許さない。

沖縄から貧困がなくならない本当の理由

 そうした沖縄社会の特徴をベースとして、「昇進、昇給を望まない労働者」。「平凡な定番ばかりを愛好する、クレームもつけない消費者」。「現状維持が最も利益を生む経営者」の、三者が、それぞれ依存としか思えないような、相互監視ともいえるような、だからこそ、沖縄では「合理的で」強力な共同体を生み出すことになっていることが、それほど知識がない読者にも分かるように書かれ続けている。

 自分自身は、将来、沖縄に観光で行く機会はあるかもしれないという関わりしかないかもしれないが、それでも、これまでの沖縄のイメージとあまりにも違う、目を背けたくなるような、もうやめてほしい、と思えるくらいの内容が、それこそ突きつけられるように並んでいる。同時に、もしも、沖縄移住を、どこかで考えている人だったら、実行に移す前に、絶対に読んでおいたほうがいい本でもあると思う。

 沖縄社会が貧困なのは、貧困であることに(経済)合理性が存在するからだ。
 これが、「沖縄から貧困がなくならない本当の理由」である。
 世の中の問題の多くは非合理によって生じるのではない。貧困という一見非合理な現象の裏側に、「そうあるべき」事情が存在する。貧困問題を(対症療法で)直接解決しようとしてもうまくいかないのはこのためだ。
 沖縄の貧困を根源的に解決したいと望むのであれば、その合理性に変化を生じさせなければならない。 

本質的で、意外な展開

 ここまでで、この本は終わっても良かったし、通常であれば、ここまで書いていれば十分なはずだった。しかし、ここから、意外なほど本質的な展開を見せる。

 ここまで説明した貧困を生み出す沖縄の社会構造の下に、もう一段、根本原因が存在する。
「自尊心の低さ」という、心の大問題だ。 

 このことが、ただの読者でさえ、納得できる気持ちになるのは、これは、すでに沖縄だけの問題ではなくなっているからだ。

 沖縄社会は日本で最も自尊心の低い地域かもしれない。しかし、そもそも日本人が世界で最も自尊心が低い国民なのだ。
 沖縄問題は、日本問題でもある。

 そして、さらに、その解決方法まで示している。それは、要約すれば、目の前の一人を大切にする、という、本当に賛同できる本質的なことなのだけど、一方で、その実行の持続こそが、最も難しいことだとも感じてくる。

 沖縄問題に対して、おそらく魂を削るような思いをしながら取り組んできたと思われる筆者だからこそ、理解した上で実行できるのだろうけど、その実行に至るまでの高いハードルを超えることを、誰でも、少しでも取り組みやすくなるような環境を作ることが、この本の筆者だけでなく、個人の、そして社会全体の、これからの課題かもしれないと思った。

これからを、よりよく生き抜くための方法

 ただ、この本の筆者が、その歳月でつかんだ方法論は、とても説得力があるし、こうした「自尊心」など内面のことを語る時に、つい使いがちな「共感」よりも、本当に効果的で本質的な言葉も選択されていると思う。

 それでは、人が自分を愛するために、すなわち、人が自尊心を回復するために、私たちに何ができるのだろう?
 人が自分を愛するため、私たちが究極的にできることは、「その人の関心に関心を注ぐこと」だ。
 それは、人のために立ち止まることでもある。 

 この「その人の関心に関心を注ぐこと」は、沖縄問題や、日本問題にとどまらず、今のコロナ禍を生き抜いていくために、そして、その後も、よりよく生きていくために、想像以上に大事なことを、言葉にしてくれたと思う。

 沖縄移住を夢見る人はもちろんですが、これからの生き方などを考えたい人にも、オススメしたい本です。タイトル以上の豊かさと意外さに触れられると思います。全体を読んでもらえれば、理解してもらえると思いますが、引用部分だけだと、かなり熱い文章にも思えますが、その一方で、かなりの冷静さと共に書かれています。

「沖縄の根本原因を突き詰める旅は、
日本の根本原因を突き詰める旅であり、
そして、私たち自身を見つめる旅である」

 これは、カバー裏の言葉ですが、これが「誇大広告」になっていないところが、すごいと思いました。


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言葉を考える

「コロナ禍日記 ー 身のまわりの気持ち」③ 2020年5月 (有料マガジンです。緊急事態宣言の頃を振り返る時に、読んでいただければ、ありがたく思います)。

暮らしまわりのこと。


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