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【300字小説#15】夢想の翼と身体の別れ
最新おもつが飛ぶように売れている。最新の技術により一日分の排泄物を受け止めきるというものだ。しかも垂れ流しても爽快感だけが増し、周囲に臭いが漏れることもない。介護用品の最終兵器として登場したが、蓋を開けてみると世界中の引きこもりが買い占めてしまった。
3ヶ月待ちで届いたおむつに足を通す。真綿に包まれたかのような新感覚に頬が緩んだ。不思議と心が強くなった気分になり、8年ぶりに外出して電車に乗った。
【300字小説#14】ジンテーゼ
「危ないから止めろ」
少しでも怪我や病気の可能性があるものを徹底的に排除されて育った箱入り娘の凛子は、困難に立ち向かう術を持っていなかった。
可か不可かが彼女の生存戦略の全てだが、基準が「少しでも危険なら不可」であるため、殆ど不可しか選択し得ない。親の遺産を食い潰したいま、電気もガスも止められ、究極の危険を前に布団に包まることしか出来なかった。
「危ないから、うまく出来る方法を考えろ」
な
【300字小説#13】セクハラ天国株式会社
「あら、新人?」
「はい、佐藤武です。よろしくお願いします」
「凛々しい顔ね。でも、顔で許されると思わないでね」
「は、はい。もちろんそんなことは……」
「大きそうね。何センチ?」
「え、いや、14センチです」
「顔と真逆の可愛い感じなのね」
主任は股間を握った。周囲の社員は口紅を引いたりマスカラをつけたりしながら、ニタニタ笑いを噛み殺す。
武は前職でもセクハラ被害に遭い、逃げるように退職して
【300字小説#12】素敵です
「こんなに広いとはなあ」
「シンバルは色んな音が重なってあの音になります。それが広さになります」
「しかもキラキラ輝いてるし」
「音色の豊富さによるものです。柔らかい音、硬い音などですね」
この街のどこかにある、音の博物館。画期的な装置の発明により音の中に入ることができる、世界で唯一の場所だ。
「音が好きなんですね」
「そうですね。でも、ここも直に閉めることにします」
「なぜですか」
【300字小説#11】コマ遊び
「ねえ、悪いんだけどA店に行ってくれない?うまくいってなくて。前任者も頑張ったんだけど、やっぱりあなたじゃないとダメみたい。」
A店に着いて早速、反社長派の人間に頭を下げた。無害な笑顔で繰り返し頭を下げるのが一番効く。
「都合の良いコマの分際で。」
捨て台詞を後頭部で受け止める。
全員の退勤後、本部長に電話で報告する。「会社貢献度ナンバー1は、今年もあなたね。」と、鼻がもげそうなほどの猫撫
【300字小説#10】眠剤哀歌
朝二度寝しちゃう。次起きるのは昼過ぎ。
頭ぼやーんてしてるから、
しばらく布団でゴロゴロ。
午前中に予定入れてみても、
結局ぶっち。
現実ではみんな優しいけど、
夢の中でボロクソ言われる。
だから夢の中でもメンタルやられる。
こうして社会不適合者になっていくんかなと、
布団の中で他人事のように考える。
弱音吐いて構ってちゃんに思われたくないんだけどってふりで実は構われたいんやろって思われるの嫌な
【300字小説#9】真昼の夢は叶わない
カントは神は存在すると言った。100年後、ニーチェは神は死んだと言った。少なくとも100年のあいだ神が生きていたという事実が、人類の記憶に残り続ける。
書架からぼろぼろになった本をそっと取り出し、慎重にページをめくる。人類の叡知の結晶は、蟲が毒果実を卑しく嘗め回した後にひり出す糞や吐瀉物と同じだ。禁断の果実を食べた者の血塗れの排泄物だ。
もとの場所に本を戻す。大賢人の肩から大地を見下ろせば、果
【300字小説#8】かぞく
たけやーさおだけー
枯れ切った母の手からチューブが何本も生えている。画像だったら生き死にはわかりそうもない。ピッピッというモニター音が辛うじて命を繋いでいる。
たけやーさおだけー
窓の外から馴染の声。何十年ぶりだろう。地元を離れてから一度も耳にしていない。入道雲と蝉の声に混じりあう思い出に、幽かに響く安いスピーカの声。
たけやーさおだけー
父はいないことになっていた。僕の世界に父はいなか
【300字小説#7】綺麗な異国の青い夢
「サマルカンドの空が青いのは気候帯の境目だからなんだよ」煙草の煙が漏れる口元を、美香はじっと見ていた。「ねえ和也、サマルカンドと私たち、何の関係があるの」あご髭が、どうしても、気になる。出会ったときはセクシーだったはずなのに。
「君と行きたかったな。サマルカンド」「何それ。一度もそんな話したことないじゃない」「昨日思いついた」
「私の手首にあと何本か線が入るかもね」あ、口元が笑い切れてなかった
【300字小説#6】笑顔という病理
突然、魔法が使えるようになった。
手を振ると、他人の願いを叶えることができる魔法。
どんな事でも、立ちどころに叶えられた。
皆が、つぎつぎ笑顔になった。
嬉しかった。
あるとき、A氏が僕の頭を見て、
「なんやお前、禿げとるで」
と言った。
「魔法はな、自分の身体を犠牲にするんやで」
次第に指が動かなくなり、脚が棒になり、腕が石になった。
医師は、
「ま、魔法使いですから。自己責任ですな」
と
【300字小説#5】賽子はいつもXが
早く醒めろ。夢なんだから。
足が透ける感覚に、目を何度も大きく見開いた。己の命を、一縷の望みに託して何が悪い。足音が、脳に直接響き渡る。
来る日も来る日もぶらぶらしていた。足がもげそうになっても、ぶらぶらしていた。飢えても渇いても、ぶらぶらしていた。
彼は待っていた。何かに出くわすことを。いや、強く望んでいた。それが、働かない働き蟻が最も輝く瞬間だから。
好きで働かない働き蟻になったわけで
【300字小説#4】シャコンヌ
この虫は、砂漠に何十年も独りで生きている。
朝起きると、わずかな湿りを求めて穴を掘る。
黄色い砂が、彼の全てだ。
ある日、彼に突然、知恵がついた。
同時に、湿りを舐めとるだけの自分は卑しいと認めた。
すると穴掘りを止めて地表に上がり、
鉛色となった目で延々と空だけを眺めていた。
身体は小さくなっていった。
それは解放であり救済であった。
最期の誇りのつもりだった。
突然、視界をサッと何かが横切
【300字小説#3】復讐と解放の檸檬
色々考えたが、シンプルに
「ありがとう、ごめんなさい」
と書いた。
それから、身支度を整えると、
爆弾のスイッチに手をかけた。
いよいよだ。
「これ、期限明日までだけど、まだですか?」
「この案件、誰に確認したらいいですか?」
「場所の確保と資料作成、お願いできますか?」
「明日の会議、ちょっと顔出ししてください」
僕の1日も24時間なのを、みんな知らない。
僕に通常業務があることを、みんな知
【300字小説#2】女神は阿片よりも尊く美しい
河原町にある名曲喫茶「みゅーず」の2階席は、僕の特別席だった。長い年月が磨き上げた赤いビロードのソファは、高瀬川のように滑らかで、少し身構えながら目を閉じると、音の粒が血に溶け渡り、やがてミューズの匂いが微に鼻腔を擽るのだった。
いま、AirPodsでベルリオーズ「幻想交響曲」を聴いている。74年のカラヤン、ベルリンフィルだ。いつの間にか、高瀬川の畔で「みゅーず」が桜吹雪に覆われている。頭の