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【300字小説#2】女神は阿片よりも尊く美しい

 河原町にある名曲喫茶「みゅーず」の2階席は、僕の特別席だった。長い年月が磨き上げた赤いビロードのソファは、高瀬川のように滑らかで、少し身構えながら目を閉じると、音の粒が血に溶け渡り、やがてミューズの匂いが微に鼻腔を擽るのだった。

 いま、AirPodsでベルリオーズ「幻想交響曲」を聴いている。74年のカラヤン、ベルリンフィルだ。いつの間にか、高瀬川の畔で「みゅーず」が桜吹雪に覆われている。頭の中で鐘が鳴り響く。ふらふらと扉を開けて階段を上ると、ニンフが愛らしく歌いながら僕を待っていた。

「今朝早く、高瀬川に男が倒れているのを通行人が見つけ救助しましたが、その場で死亡が確認されました。」

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