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この世の果て(短編小説 4)
《 今までのあらすじ→ 幽体離脱に成功した真希は、北へと向かった。海峡を通り過ぎようとした時、2年前に観光船の沈没事故で亡くなった女性の
亡霊と出会った。女性の話しを聞き、真希はしばらく傍にいた。明日また来ることを約束し、真希は一旦帰宅する 》
(上手く肉体に戻れるだろうか?)
自宅アパートの上空に戻ってきた真希は、少し不安になる。
(大丈夫、落ち着いて)
ゆっくりと屋根をすり抜け、自分の部屋に向かう。
ベッドに横たわる自分の抜け殻が、何だか死人のように見えた。
(もし仮に、何日も幽体離脱の状態が続くと、自分の肉体に戻れなくなる場合もあるのかしら?)
そんなことを考えながら、ベッドの上に移動すると、ゆっくりと下降した。
自分の体に乗るイメージで入り込もうとする。
が、離脱する時と違って、なぜかスムーズに入り込めない。入り込もうとすると、押し返されるような感覚がある。それでも、どうにかこうにかして肉体の中に収まった。どことなく窮屈な感じが否めない。不思議に思いながらも、真希はそのまま眠りに落ちていった。
その日の夜、入浴後に就寝の準備を済ませると、早速ベッドに入った。スマホに幽体離脱の動画を表示させ、目を閉じる。もう3度目だから怖さや不安もなく、リラックスした状態で離脱の時を待つ。
やがて意識が薄れ、気づくとベッドの上から、横たわる自分を見下ろしていた。
屋根をすり抜け、屋外に出る。
あの女性との約束を守るため、昨夜通りかかった海峡へと向かう。
(女性はあれから1人で大丈夫だったかしら?)
できることなら、ずっと傍にいてあげたかった。
海峡が近づいてくると徐々に高度を下げ、下界に注意を向ける。深夜の海岸は見渡す限り、無人だ。
昨夜、女性がいた場所と思われる地点に降り立つ。
女性の名を呼んでみようと思ったが、女性の名を聞いていなかったことに気づいた。
とりあえず、真希はしばらくこの辺りを探してみることにした。
(女性は、私との約束を忘れたのだろうか?)
規則的な波の音が聞こえるだけで、夜の無人の砂浜は侘しさだけが募る。
女性は自分の骨が発見されるまでは、この界隈から離れられないのではないかと思っている。だから、きっとどこかにいるはず。
それから、またしばらく彷徨っていたが、女性を見つけることはできなかった。
(さて、どうしたものか)
その時、犬の鳴き声が聞こえたような、気がした。
真希は周囲を見渡してみる。
野良犬でもいるのかと思ったが、姿は見えない。
「ワン、ワン……」
(この吠え方、どこかで聞いたことあるわ)
耳を澄ますと、また聞こえた。
なぜか、懐かしい気持ちになった。
(そうだ、実家で飼ってたダイスケの鳴き声に似てるわ)
鳴き声は大きくなったり、小さくなったりしながら聞こえてくる。真希はじっとしたまま、鳴き声が聞こえてくる方向を探ろうとした。
風に乗って途切れ途切れに聞こえてくる鳴き声は、ここではなくどこか遠くから聞こえているように思えた。
今は亡きダイスケを思い出し、深い郷愁が込み上げてくる。死に目に会えなかったから、それがいつまでも心残りだった。
女性の行方が気がかりではあったが、真希は上空に舞い上がり、鳴き声が聞こえる方向へと向かった。
進んで行くうちに、ハッとする。
(この方向は?!)
鳴き声に導かれるように向かっている方向は、真希の実家がある隣の県だ。
両親が亡くなってからは、一度も帰省はしていない。借家だったから、そもそも帰りたくても帰る家がないのだ。
既に新しい住人が住んでるかもしれない。
故郷はあるのに故郷を失った気分がして、それがずっと続いている。
上空を進んで行くうちに、次第に犬の鳴き声が大きくなってきた。
しばらくすると、今度ははっきりと聞こえた。
下界を見ると、かつて両親が住んでいた平屋建ての借家があった。
懐かしさで、ぎゅっと胸が締め付けられる。
真希は地面に降り立つ。
ここに来るのは何年ぶりだろう。
窓から明かりが漏れている。新しい住人だろうか?
「ワン、ワン!」
(ダイスケ?! 明らかにダイスケの声だ。間違いない)
真希は窓辺に近寄る。
「ダイスケ、そろそろ寝なさい」
母の声だ。
(えっ、母が生き返った? イヤ、そんなはずはない)
「ワン、ワン! ワン、ワン! ワン、ワン!」
ダイスケの鳴き声が、激しくなった。
懐かしさと愛おしさで、泣きそうになった。
動揺していると、突然玄関の引き戸が開き、母が顔を覗かせた。
「あら、真希、いたの? ダイスケが吠えたから、誰かいるのかと思ったら、真希だったのね。ずっと待ってたんだよ。遅かったのね」
「母さん……」
つづく
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