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カッコウ

今年もまた、カッコウが鳴いてるよ。
カッコウ、カッコウ、って一生懸命鳴いてるよ。
母さん、聞こえる?

「カッコウは、カッコウって鳴くから、カッコウっていう名前なの?」
小学生だった私は、母に尋ねた。
「そうかもしれないね」
母は微笑んだ。

カッコウの鳴き声は、初夏の便り。
毎年、5月の中旬を過ぎると、実家の裏山で
美声を響かせる。

【カッコウ、カッコウ、カッコウ、
カッ! カッ! カッ! カッ! カッコウ!
ケケケケケ……。】

「あらあら、カッコウ、声枯らして鳴いてるよ」
母が笑う。
「なんで、あんなに一生懸命鳴くのかな?
音程もずれてるよ? 可笑しいね!」
私は笑った。
「そうね、可笑しいね!」
「ハハハハ!」
声を枯らして鳴くカッコウの声が面白くて、毎年
初夏が巡り来ると、母と何度も笑い合った。
当のカッコウは、なわばりを守るために必死に
鳴いていたのだろうが。

でも、一緒に笑い合っていた母は、もうこの世にいない。
懐かしい思い出は、切ない色を帯び、私の奥底に
沈んでいった。

時は過ぎ実家を離れ、今の場所に移り住んでからも
毎年初夏が巡って来ると、カッコウが飛来する。

私はカッコウの鳴き声で目覚め、初夏の始まりを実感する。と同時に、胸が痛む。
カッコウの鳴き声を聞いて笑い合った、母との思い出。瞬時に過去へと時間が巻き戻る。

声を枯らしながら、一生懸命に鳴き声を響かせる
カッコウ。
毎年、それを可笑しいと言いながら、母と笑い合った日々。
もう一度、母と笑い合いたくても、二度と
実現できないという現実。
故郷で聞いたカッコウの鳴き声を
もう一度聞きたい。
母さんと、もう一度笑い合いたい。


人の命はいつか尽きる、命は永遠ではない。
生まれて初めて、そのことに気づいたかのように
茫然とした。
何気ない日々が幸せなんだと実感した。

遺影に語りかけた。
母さん、今年もカッコウが鳴いてるよ。
カッコウ、カッコウ、って
声を枯らしながら、一生懸命鳴いてるよ。
母さんのところまで、聞こえてる?
母さんも、笑ってるのかな?

一緒に笑い合っていた母が目蓋に浮かぶ。
目の奥が熱くなる。

遺影の中の母さんは
楽しそうに微笑む。




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