荒木郁

小説のような何かを書いています。 写真のような何かを撮ったりもします。 なんにせよ、私…

荒木郁

小説のような何かを書いています。 写真のような何かを撮ったりもします。 なんにせよ、私は好きに過ごしています。

最近の記事

粘液姉さんと夕暮れの街6

 学校の帰り道でスーパーに寄り道する。家政婦さんに頼まれていた特売の品として、いくつかの中和剤と洗浄剤。姉さんと一緒に暮らしてると切らしやすい生活用品だから仕方が無いけれど、洗浄剤の善し悪しがなんとなく分かってきているのに微妙な気分になる。そんなことに詳しくても、姉さんと暮らしていくこと位にしか使わないし。今の暮らしでは必要なのは間違いないので、別にいいんだけれど。  普段から使っているスーパーで、食料品をカゴにいれつつぼんやりと考える。今は姉さんや家政婦さんと一緒に暮らして

    • 粘液姉さんと夕暮れの街5

       い‐か【異化】  [名](スル)  1・人が他の生物の性質を併せ持つ事。カリカチュアライズ。   「一般人だった彼が突然―した」  最近新しくなったらしい辞書に、異化はこういった感じで書かれていた。どういうものなのか分かっていないんだろうなと思わせる用語例に笑いそうになる。まあ、どういうものなのか分かってないのは僕も同じで、異化についてどうにかして詳しい所を知りたい。姉さんから話を聞ければそれが一番なんだろうけど、これまで僕が凄惨な異化患者に会ってない所からして、意図的に

      • 粘液姉さんと夕暮れの街4

         僕が硬めの座椅子から腰を上げて手を振ると、家政婦さんが本を数冊抱えて戻ってきた。いくらなんでも紙袋を両手に持って入るのは面倒だったから、家政婦さんは本を借りて、僕は休憩室でカフェ・モカにチョコレートを砕いて入れていたのだ。輸入食料品店で買った僕達の共通の好物。最高に甘くしたカフェ・ダブルモカ。  姉さんはコーヒー自体があまり好みじゃないし、ベヒモス氏はブラック派、僕の親友にいたっては紅茶狂いとダブルモカを一緒に楽しんでくれるのは家政婦さんだけだったりする。一緒に食べるお菓子

        • 粘液姉さんと夕暮れの街3

           フクロムシの一件はそのままに、次の週末がやってきた。平日はこの街にひとつしかない学校で勉強をしている僕だが、休日で姉さんの出勤もないと暇になる。  そういう時には、家政婦さんと散歩と称して買い物に出かける。犬に異化した家政婦さんは大きな首輪をつけて街を歩くのが癖だ。犬としての性質で散歩しないと脳や神経系に影響がでるらしいので、暇な休日は僕のベッドで寝ている姉さんをそのままに家政婦さんと一緒に出かけることになるのだ。 「それでも、首輪にリードは必要ないと思うんだけれど、どう思

        粘液姉さんと夕暮れの街6

        マガジン

        • 自作掌編
          12本

        記事

          粘液姉さんと夕暮れの街2

           姉さんとの仕事の中でも特殊病棟の中はひときわどんよりとしている。廃液が滴りおちてきそうな、まるで夏場で溶けきったアイスの棒が糸をひくような日常のなごり。通路を横切っても、人型をした人の方が少ないからか、綺麗な白い床に這いずったような跡が残っている。正直に言うと、長居はしたくない場所だ。  ここは「異化はこれまでの生物学を大きく前進させる機会である」と考える医者みたいな研究者と、その被験体になる患者達との日常だ。姉さんはそういった半端に頭の悪い彼らと話し合い、異化を今の社会が

          粘液姉さんと夕暮れの街2

          粘液姉さんと夕暮れの街1

           口を覆った粘液による呼吸困難で叩き起こされた。  粘状の寝床だったものを服から床にひき剥がしながら、フッ素コーティング加工を施した床に転がり落ちる。形状の変化を可能な限り防ぐこの床は不快だが、生きていくうえで安心できる寝床でもある。プラスチック材に安心するのは、フローリングで寝っ転がった時に感じる心地よい冷たさに近いものがあるのかもしれない。  肌にこびり付いた粘液を洗い流すために、ごろごろと床に転がってからシャワーを浴びる為に立ち上がった。そうすると、床からくぐもった声が

          粘液姉さんと夕暮れの街1

          「シンデレラは魔法がとけると」

           俺達は彼氏彼女の関係にはなったものの、手を繋ぐ以上の進展はさっぱりだった。  俺は絶賛就職活動中であり、彼女の方もそれを考えてか彼女の下宿先でご飯を作ってくれたりするが、デートに出かけようとかは俺に言えなかったからだ。彼女のことを忙しいままにしていたことを悪いとは思っていたが、これから彼女と一緒に過ごすには貯蓄が絶対に必要だった。3人の息子を大学に行かせた我が家には金銭的にもギリギリだったし、そもそも奨学金も限界に来ていた。急いで就職先を決めて、後は金の都合をしてまわらない

          「シンデレラは魔法がとけると」

          「上書きエラーした恋」

           別れてから好きだったことに気付いた、なんて歌は好きじゃない。  そもそも失恋ソングを聞いて泣き出す女の子なんて、大抵は自分に酔ってるだけだし、本当に相手のことが好きだったのなら縋り付いて迷惑をかける位の行動力の方が先に出るべきだろう。口では「私も、あの曲聞いて泣いた」とか言う奴ほど、本気の彼氏が出来たら嫉妬深くなるし面倒な女に変貌する。掴んだら逃がさないのが本気の恋、特に私みたいにアラサーを迎えると相手の嫌なところには目を瞑って本気で惚れてると自己暗示しはじめるし。  私

          「上書きエラーした恋」

          「彼女が多すぎる」

           人生で最も幸せな瞬間を台無しにしてしまったことはあるだろうか。  初めて買って貰ったお気に入りの靴を雨の日にずぶ濡れにしてしまったり、大好きな料理の上に瓶ごと調味料をぶちまけてしまったり。大切な出来事を一瞬にして、叩き割ってしまうような出来事。それが私にとってのベッドの上になってしまったのは、彼女と二人きりで飲んで盛大に酔っぱらい・・・・・・ベットの上で朝を迎えた時である。  最初は何が起きているのかわからなかった。自分の顔を客観的に見ることなんて無かったからか「彼女とつ

          「彼女が多すぎる」

          「SF的異世界転生のテンプレート」

          「おはよう、少年。現状把握が必要かい?」 「深く考えすぎて判断が遅いね。いや、状況を理解しているというべきか。簡単に言うと、君は死にかけたが"ネクロテクニカ"によって、再び目覚めた。"ネクロテクニカ"は、君の時代では開発されていなかったようだね。いわゆる半死人を生き返らせる技術さ」 「君は冷戦というものを知っているかね。・・・・・・もっと下の時代の人間なら常識の範囲なのだが、まあいい。資本主義国家の体現たるアメリカと共産主義国家の体現であったソビエトという、二大国家が殺しあ

          「SF的異世界転生のテンプレート」

          「親子の時間」

           子どものころは「時間が早く流れれば良いのに」とずっと思ってた。  いつも面倒なことばかりで、一人で過ごすことも殆ど出来ないし、大人になったら自由になって、何処へでも遊びにいけるんだって。  でも、大人になってわかったの。どんなに思っても、子どものころには戻れないんだって。  いえ、私が子どもだった頃の話じゃないのよ。あなたが子どもだったころの話。 「あなたが大人になって、あなたが子どもだったころを思い出すわ。泣き声が酷かった夜も、お店の床に寝転んで動かなかった夕暮れも。

          「親子の時間」

          「天使の解剖」

           彼女との出会いは下層回廊のドブの中と呼ばれる治安最悪の地域だった。  その日、中層市民の私はいつもどおり自称医者という看板を下げて治験実験の経過を看ていた。ドブの中で、まともな治療を受けられるなんて誰も思っていなかったからか、実験結果は目に見えて成果が出ている。多くの貧民にも満足してもらえているし、感謝どころか隠し持っていた宝石なども融通してもらった。大したことのない値でしか売れなかったため、中層の買い食いで無くなってしまったが。  普段通り謝礼を貰いつつ、治験患者の元に回

          「天使の解剖」

          「内緒の話」

           これは内緒の話なんだけど、という文句から始まる話であまり驚いた事はない。だいたいは下らない色恋だったり、怪談だったりするからだ。奥村は男のくせにそういう話ばかりで、昨日もそういう話だった。 「実はさ、俺……超能力者なんだ」 「超能力でスプーンでも曲げるとか? 手品を披露したいのなら、もうちょっと凝ったネタ振りから始めた方がいいよ」 「そういうのじゃないって。スプーンとかも曲げられるけど、手品とかじゃなくてマジな話。目が覚めたら手で物を動かせるようになっててさ。こう、念じてた

          「内緒の話」

          「ミッドナイト・キャラバン」

           この国から有名な巡礼地である例の国に至るには、いくつかの街道を通る必要がある。  北方から向かい雪景色が見られる豪華客船のルート、南方からぐるりと一週する豪華夜行列車のルート。  そして、俺達の”キャラバン”はそのどちらでもない西方からのルートを通ることになった。理由はお金がないし、身分証もないし、見つかったら捕まってしかるべき立ち位置にいるからだ。つまるところ、密航とか密入国とか、そういう類い。 「そもそも俺達がクーデターのトップから逃げてるだけだからなぁ。俺も北方アイ

          「ミッドナイト・キャラバン」

          「斬奸討」

           生きているうちに、私に友達ができるなんて思っていない。  なにしろ、自分は産まれてから道場で竹刀を振り回し木刀を振り回し、今となっては真剣を振り回していたのだから当然だ。現代で”斬奸”になろうとするほど愚かなことはない。心技体を鍛える剣術家や隠棲する山伏とは違い、単純に人を斬り殺す技術を学び、それを実践するだけの殺人者なのだから。  もっとも殺人者とは言っても斬る相手は選ぶ。斬奸が斬ってよいのは斬奸状の出ている相手だけ。いわゆる生死問わずの指名手配犯だけだ。大抵は法律で認め

          「斬奸討」

          「Snowdragon's Back」

           この酒場だと、冬場はたいてい竜の背中にまつわる詩吟が流行る。  竜の背中に乗れば、吹雪の中でも温かく、のんびりとくつろぎながら過ごすことができるという吟遊詩人が延々と繰り返してきた伝説である。実際に標高がとんでもなく高い山なら曇天の雲の上まで伸びている事があり、雲の上ならば雪も雨も関係無く過ごすことができるのだから、雲の上を泳ぐ竜の背中ならば天候に左右されることもないだろう。とんでもない高さになるのだから過ごしやすくはないだろうが。  儂がそういう事をこの時期になると説くこ

          「Snowdragon's Back」