「彼女が多すぎる」

 人生で最も幸せな瞬間を台無しにしてしまったことはあるだろうか。
 初めて買って貰ったお気に入りの靴を雨の日にずぶ濡れにしてしまったり、大好きな料理の上に瓶ごと調味料をぶちまけてしまったり。大切な出来事を一瞬にして、叩き割ってしまうような出来事。それが私にとってのベッドの上になってしまったのは、彼女と二人きりで飲んで盛大に酔っぱらい・・・・・・ベットの上で朝を迎えた時である。

 最初は何が起きているのかわからなかった。自分の顔を客観的に見ることなんて無かったからか「彼女とついに結ばれたのか」と思いつつも、鏡を見て私が彼女の姿になっている事に気付いたのだが。その時には気が動転して1時間ほどで元に戻っていることにすら気付かず、どうやって生活していくかを考えていて、自分に起きた出来事を詳しく調べる気にはなれなかった。当然である。ドラマやアニメのように入れ替わりが、自分の中で起きているなんて思わないし、それを知ったところでどうするのか・・・・・・なんて、ほとんど妄想に近い。そう思いつつも、彼女とまた入れ替わったりするのかなとか思って、次こそはちょっとエッチなことでもしてみようと思いつつ、その日はいつも通りビール飲んで猫を抱きしめて寝た訳です。そうしたら、次の日には猫になっていたので、エッチなことも何も無かった訳なんですが。どうしようこの気持ち。

 今度の場合も、しばらく待つことで元の身体に戻ったのだが、検証したところ入れ替わり現象というか「お酒を飲んで一緒にベッドに入ったら相手と同じ身体になる現象」はコピー能力か何かのようで、コピー先の彼女や自分の身体はその間は寝ているだけのようだった。もちろん、検証のために彼女に手伝って貰ったからこそわかったことで、彼女達にはお世話になりっぱなしである。自分に何が起こったのかがわからないと、やはり困るからね。
 そういうわけで、今日も私は彼女達と一緒にお酒を飲んでから寝る。寝る前にあれこれ飲むのが趣味から実験になってしまったのだが、それ自体は構わないと思っている。彼女との生活が破局してしまったのが、心に深く爪を残しているのだ。彼女との生活は上手くいかなかったし、彼女は”彼女達”と一緒に生きることは出来ないと考えていたようだ。

 そういう訳で、私は彼女のコピー達・・・・・・「彼女達」と暮らしている。私が1時間経って元に戻った後に残ったままの彼女のコピー。彼女達と呼んでいるが、私にとっては大事な彼女だ。なにしろ、私と彼女から生まれた子供のようなものなのだから。ただ、人生で最も幸せな「彼女と一緒に寝る」ことが出来なくなってから、精神的に不安定になっているような気もする。なにしろ、彼女のコピーが増えすぎてしまっていて一人一人の区別がつかなくなってしまっているほどだ。初めて彼女と寝た時のコピーとその孫コピーまではなんとか区別がつくのだが、そこから先は中々難しいものがある。毎晩増えるからなおさらだ。増え続ける彼女の身体が家中に広がっていて、前に進もうとしても彼女達の身体を掻き分けていかないといけないのだから、区別するのがどれだけ難しいのかも分かって貰えると思う。既に三桁、いや四桁ほどになるであろう彼女達は目覚めることはない。完璧な身体のまま、ずっと残っている。

 最初の頃に一人だけ腐った死体になっている彼女がいたが、それ以降の彼女達は死ぬことも起きることもなかった。腐った彼女は特別な彼女なのだろうなとは思うが、彼女が多すぎるし、そのうち気にかけることも無くなるだろう。