「内緒の話」
これは内緒の話なんだけど、という文句から始まる話であまり驚いた事はない。だいたいは下らない色恋だったり、怪談だったりするからだ。奥村は男のくせにそういう話ばかりで、昨日もそういう話だった。
「実はさ、俺……超能力者なんだ」
「超能力でスプーンでも曲げるとか? 手品を披露したいのなら、もうちょっと凝ったネタ振りから始めた方がいいよ」
「そういうのじゃないって。スプーンとかも曲げられるけど、手品とかじゃなくてマジな話。目が覚めたら手で物を動かせるようになっててさ。こう、念じてたら本とかが宙に浮いたりしてて凄いんだって!」
「はいはい。超能力凄いですねー」
「あ、お前信じてないだろ。見てろ、今から使ってやるからな。むむむむー!」
奥村は両手を教室の机の上にある鞄にかざして、なにやら唸りだしていた。たぶん「これで鞄が浮いたら超能力だろ」と言いたいのだろう。小さくため息をついて、奥村の背後に建っている幽霊にこっそりと話しかける。また甘やかしてハンカチなりティッシュなりを持っていったろ。
背後霊である彼女は気まずそうに視線をうろうろと動かして、照れ笑いをした。これで確定だ。奥村が超能力だと言っている現象は、単に幽霊が奥村の求めるとおりに、物を持ったり落としたりしてるだけで何の変哲もない怪奇現象だ。
奥村はよく勘違いをする。幽霊が付いているような気がするんだと言った時には、大体ストーカーが部屋に入り込んでいるだけだったり、Aちゃんが俺の事好きかもしれないと言った時には、概ねそのAちゃんは彼氏持ちだったりする。その度に奥村は悔しがって、今度こそ何かあるんだからなと言いつつ私に昼飯を奢ってくれるから、私にとって悪い話ではないのだが。
ただ、そういう勘違いの裏に、幽霊だったり都市伝説だったりUFOだったり超能力が関わっている事は多いのだ。それらが奥村と言ってる内緒の話とかぶる事はないだけに、安心して奥村の勘違いだと教えてやる事ができる。そのためにも私が宇宙人だったりメリーさんだったり幽霊だったりと話し合って、それぞれの諸問題を解決して回ることになるのだから、奥村が私に奢るのは当たり前の事だと思ってもいる。今回の場合は、近所の幽霊のお姉さんが、財布なり鞄なりを度々忘れる奥村を見るにみかねて世話を焼いた、というのが真相だった。幽霊のお姉さんには私からきっちりと話しておきますし、今度から朝は迎えにいって身だしなみとかもチェックしますからと言って退散させておく。このお姉さんはたぶん後2~3回くらいは奥村の世話をこっそり焼くんだろうなと思うと、奥村のどうしようもない吸引力に少し呆れる。
子供の頃から奥村はそういうのを引きつけやすくて、私が後についてよくわからないのを宥めすかしてきた。何度も何度も奥村はよくわからない事に出くわして、その度にとんちんかんな発想で私に内緒の話として持ちかけてくる。俺はちょっと特別な人間なんだって思い込んでは、私に論破されてちょっと凹んだ顔をして、それからご飯を食べている。奥村のそういう所が嫌いなのと喧嘩腰で言ってしまった時は、その日ずっと後悔してたりして。次の日には「やっぱり俺は特別だよ普通じゃないって」と言い出して、うやむやになる。奥村と一緒に過ごすっていうのは、大変だけど楽しい。
ただ、今日の内緒の話は奥村特有の勘違いじゃなくて、だから私はどう対処していいのかわからなくなった。奥村の事が大好きな子がクラスにいるという話。誰かクラスメイトから聞いたのか、凄い仲が良くていつも一緒にいる子らしいと奥村が言ってくる。
「告白とかされちゃうのかなー。俺の彼女いない歴がついに更新される時がきた!」
「はいはい。彼女凄いですねー」
「あ、お前信じてないだろ。今にのろけ話をガンガンしてやるからな!」
私は信じてない訳ではないんだけれど、気付いているのだろうか。仲が良くていつも一緒にいる奥村が大好きな女の子と言われて、奥村は勘違いしてるらしい。いかにも恋人ができるんですよという顔がなんだかむかつくので、今日も昼飯を奢って貰う事にしようと思う。私は口を開いて、奥村の勘違いを指摘することにした。今回の奥村は悔しがるよりも先に顔を真っ赤にさせて黙るだろう。
だって、女の子に貴方の事が好きってこっそり言われたら、内緒にしたくなるものだと思うから。