「SF的異世界転生のテンプレート」


「おはよう、少年。現状把握が必要かい?」

「深く考えすぎて判断が遅いね。いや、状況を理解しているというべきか。簡単に言うと、君は死にかけたが"ネクロテクニカ"によって、再び目覚めた。"ネクロテクニカ"は、君の時代では開発されていなかったようだね。いわゆる半死人を生き返らせる技術さ」
「君は冷戦というものを知っているかね。・・・・・・もっと下の時代の人間なら常識の範囲なのだが、まあいい。資本主義国家の体現たるアメリカと共産主義国家の体現であったソビエトという、二大国家が殺しあわない程度に競い合った。軍事力を誇示し、技術力を支配し、生産力を強め、世界の天秤を自分の思想へと偏らせようと尽力したのさ。結果としてはアメリカが不戦勝となり、資本こそが世界の基準となった」
「殺しあいのない戦争によって高められた技術の中にあったのさ。生きている人間を生きたまま冷凍保存する不老不死のテクノロジー、"ネクロテクニカ"。スウェーデンの秘密研究所で成功した魂の保存技術であり、当時としては極低温下において偶発的に発生した奇跡であったが、ソビエトはそこに目をつけた。複数の研究機関において、奇跡の状況を再現したのさ。いわゆる人間の冬眠を。

「人間が冬眠なんてする訳がないって? 君、それは誤解だ。サイロキシンという冬眠時の代謝に必要な細胞は人間の中にもしっかりと存在している。ともかく、君はなんらかの理由で半死半生のまま「人間の冬眠」の治験実験に関わり、ちょうど覚醒した所という訳だ」
「当時としては画期的な技術だったんだと思うよ。実際に我々がいくつかの検体を消費する事で、君が目覚める事ができたのだから、驚くべき技術だ。君が生きていた2000年代では目覚めさせる技術などなくて、永久凍土の地下室に封じ込めていたようだけれど。目覚める事ができたのだから構わないだろう?」
「今は2186年。君にとっては近未来・・・・・・SFの世界とも言えるね。君が眠ってから数十年の間は平穏な時代だったそうだ。いわゆるエネルギーと競争の時代。しかし、ある現象を境に状況は大きく変わった。その現象が自然的なものか人為的なものかははっきりとはしなかったけれど、人間の中に明らかに人間が持つものとは違う器官を持つものが同時多発的に現れた。古風で差別的な言い方をすると、そのミュータント達は身体を活用し人類の技術を発展させようとしたが、一人が世界を変えるほどの異常を起こしたのだ。”マザー”と呼ばれるそのミュータントは自分の意志を希釈する器官を後天的に得たのだけれど、実験と称し自分の意識を限界にまで希釈して海に飛びこんだ」
「それだけなら、ただの投身自殺だったのだけれど・・・・・・彼女の器官は極めて驚くべき力を持っていた。海に希釈された”マザー”の意識は、各国で複数発現したのだから。患者は自分が”マザー”であり、それぞれの”マザー”と同一であると宣言。そして”マザー”はこう言った。「既に海だけではない。大気から空気感染する形で、私たちが世界に満ちていく」と。複数の国家は”マザー”を危険な存在として排除しようとしたけれど、それは無意味だった。どこかに必ず綻びがでるの」
「何故って? どこかに”マザー”が現れるから。情報は”マザー”を突如発現した重要人物によりリークされ、実行部隊が丸ごと”マザー”になっている。もはや”マザー”ではない人間を探す事すら難しいのが2086年の現状よ。世界は、一つの超越的存在によって、殆ど支配された」

「そこで君だ。2000年代に眠っていた君は”マザー”が産まれる前から冷凍保存されている訳だから、確実に”マザー”ではない。おそらく全世界で最も”マザー”と関わりの薄い人間だ」
「だから、私は君を起こした。君に”マザー”と戦って貰うために。この世界に生きる全てが”マザー”になるのを防ぐために。人類が滅んでしまう前に”マザー”を滅ぼしてもらいたいから」
「誰でもいい。私がもし”マザー”なら私でもいい。”マザー”は肥大な意識を限りなく希釈して世界に広げたけれど・・・・・・逆に言えば、”マザー”の意志を挫けば、世界に広がった全ての”マザー”に影響する。つまり、君は一度だけでも”マザー”に勝てばいい」
「”マザー”の意志を挫いて、人の意志を生き返らせる。それが、私が君を起こした理由。君に私が頼みたい事。世界を、ひとりぼっちにしないで」

「それじゃあ、お願い。この事はいつか思い出すだろうけれど、その日が早い事を祈ってる。録音終了」