「シンデレラは魔法がとけると」


 俺達は彼氏彼女の関係にはなったものの、手を繋ぐ以上の進展はさっぱりだった。
 俺は絶賛就職活動中であり、彼女の方もそれを考えてか彼女の下宿先でご飯を作ってくれたりするが、デートに出かけようとかは俺に言えなかったからだ。彼女のことを忙しいままにしていたことを悪いとは思っていたが、これから彼女と一緒に過ごすには貯蓄が絶対に必要だった。3人の息子を大学に行かせた我が家には金銭的にもギリギリだったし、そもそも奨学金も限界に来ていた。急いで就職先を決めて、後は金の都合をしてまわらないと卒業もできないかもしれない。そう思うと、彼女と遊ぶ余裕が無かった。

 そう言うと彼女はわかってくれたが、二人の兄貴共は微塵も理解を示してくれなかった。女との青春は一瞬しかない、とか何とか。二人とも仲のいい人がいるにも関わらず、もてない男のひがみのような事を言い出すから適当にあしらってその場はすませる。だけど、そこに不安が無いわけじゃないのだ。彼女は余裕のある家の娘だし、下宿先に俺を泊めても問題ないくらいにマンションに住んでる。肩までの黒髪にゆったりとした服装に図鑑みたいに大きな画集。時々美術館に行っては大きすぎる本を持って帰ってきたりする所からして、裕福な家の娘というのは間違いない。

 だからこそ、最低限の裕福さというか余裕を用意してから彼女に将来の話をするつもりだった。遠方の説明会から帰った時も、そう思っていたのだが彼女が玄関で俺のキャリーケースを持っていたのを見ると、すとんと納得した。まあ、そうだなと。普通に考えて、夜の12時までずっと別れを伝えるために待っていたのだろう。彼女にはそういう律儀なところがある。特に時間にはうるさい人で、何の連絡もせずに深夜に酔って帰った時には、朝の6時から起こされて頭痛をこらえながら彼女の話を聞いたものだ。
 それも、全部懐かしい思い出になるんだろうか。学生時代にこういう彼女がいてさ、みたいな。俺は疼く痛みを隠しながらも、彼女に何処か出かけるのかと聞いた。実家か、友人の家か……それとも他に男がいるのか。

「…………」
 彼女の声は聞こえない程小さく、震えたような顔がまた愛おしかった。ただ、引き留めるにはあまりにも俺の行動は自分勝手すぎていたから、俺は引き留めないように聞き返すことはしなかった。