「ミッドナイト・キャラバン」

 この国から有名な巡礼地である例の国に至るには、いくつかの街道を通る必要がある。
 北方から向かい雪景色が見られる豪華客船のルート、南方からぐるりと一週する豪華夜行列車のルート。
 そして、俺達の”キャラバン”はそのどちらでもない西方からのルートを通ることになった。理由はお金がないし、身分証もないし、見つかったら捕まってしかるべき立ち位置にいるからだ。つまるところ、密航とか密入国とか、そういう類い。

「そもそも俺達がクーデターのトップから逃げてるだけだからなぁ。俺も北方アイスクリームとか南海フルーツとかそういうの食べたい」
「停泊中に無駄口をたたく暇があったら、車の中から出てラクダの世話を手伝いなさいよ。……そもそも高貴なる身分たるハインライン令嬢であるアタシが、なんでこんなラクダの世話ばかりさせられてるのよ。こういうのは下男の仕事よ、下男の仕事。つまり貴方の事を言っているのよ、そこの男ぉ!」
 なんか隣に口の回るのがいるキャラバンの目的は、いわゆる身分のロンダリング。敗戦国の貴族を新天地で新たに職業につけるようにしてくれる実に親切なキャラバンではある。運賃は全財産持って行かれるレベルの値段だけど。
「無視すんなや、そこのもっさいおっさん!」
「おっさんじゃないからな。まだ26だからな! だいだいハインライン令嬢ってなんだよ。ここにいるって事は、あんたも連中から逃げてきたんじゃないのか。そもそも令嬢を名乗るのには、ちょっと年齢が不味くないのかお前さん。俺が見た所、にじゅう……」
「うわぁぁぁ! それ以上喋るな!」
 俺が彼女の暴言を訂正しようとすると、彼女はさらに大きな声でがなり立ててくる。キャラバンでは喧嘩は禁止されているが、口喧嘩はしょっちゅうらしい。そもそも口喧嘩もできないような大人しいのは途中で下車するハメになるとか。ここでは食事も休憩も口で勝ち取らないといけないのだ。

 口喧嘩で勝って食料を奪うか、口車で嵌めて休憩を奪うか……それと、あと一つ。夜の休憩の吟遊で、おひねりを貰うかだ。俺の見た所、彼女は吟遊の側だろう。夜になると竪琴で囀る鳥。つまり、昼の間は五月蠅いだけの女だということなのだが。
「まったく、この男といったら目の前の女がボロを纏っていても、隠しきれない艶やかさを持っているのにも気付かずに……外見からして、これまでの人生が可哀想だったに違いないわね。ロマンスやロマンチックの欠片もないような人生よ、貴方は」
「他人に俺のロマンについて何故語られなきゃならんのだ。大体、ラクダに草の根を食べさせてる女に、艶やかさも何もないだろ。ほんと吟遊は昼の間は喋りたくない相手だ」
 俺はそう言ってラクダの傍をするりと抜けて、他の面子のいそうな車を探す。停泊中に仕事をやらされてるのは口で負けた奴で、そのうちに使い捨てられるというのは誰が言ったのだろうか。キャラバンでも弱いのと強いのは明確に分けられはじめていて、だからこそ彼女のように噛みついてくるのは実に面倒だった。
「なら、私に夜の間だけでも吟遊させなさいよ! それでおひねりをくださいほんともうぎりぎりなんですおなかすいてしぬ」
「なんかもう、本当にギリギリそうだな……」
 ハインラインなんちゃらが噛みついてくるかのように近づいてきては、そのまま頭を地面につけて懇願してくる。膝立ちの状態で頭だけ地面につけているから、まるで腹を足で蹴り飛ばされたかのような姿勢だ。慌てて膝をついて、起き上がらせる。
「こんな所で倒れられても迷惑だし今夜の代金を先払いしてやるから、何か食ってこい。な」
 そういってなけなしの小銭を渡すと、彼女は目をそらすようにしてキャラバンの食事処に向かう。途中でふらふらとしたが、食事処の手前で匂いにつられたのか駆けだしていった。わかりやすい奴である。
「しかし、確かに身分の低そうな女ではなさそうだったな。高貴かどうかはわからないが」
 口は悪いが教養のある女を一晩買ったと考えるのなら、いいだろう。俺も先月ならそれなりの貴族だったが、今となっては奴隷の類いになる。彼女との違いは、金を持って逃げたかどうかだ。そこで明確に区切られる。祖国を追われた英雄か、逃げ出してこき使われる奴隷になるかの違い。
「……夜のテントの中じゃあ、人に違いなんてないんだけどな。どこまでいっても身分か」
 馬車の中に戻ると、俺は今晩の歌を楽しみに寝転んだ。