「親子の時間」

 子どものころは「時間が早く流れれば良いのに」とずっと思ってた。
 いつも面倒なことばかりで、一人で過ごすことも殆ど出来ないし、大人になったら自由になって、何処へでも遊びにいけるんだって。
 でも、大人になってわかったの。どんなに思っても、子どものころには戻れないんだって。

 いえ、私が子どもだった頃の話じゃないのよ。あなたが子どもだったころの話。

「あなたが大人になって、あなたが子どもだったころを思い出すわ。泣き声が酷かった夜も、お店の床に寝転んで動かなかった夕暮れも。何もない公園でずっと走り出していた夏も、雪玉をつくっては投げていた冬も。いまはもう取り戻せない位に遠いんだなって」

 遅くなった私にお母さんはそう告げて、それきりベットの上に寝転んだままだった。体調を崩したと聞いたのは大雪の夜で、病院に着いたころには手術も終わっていたのだから、母親としては思う所があったのだと思う。事情があったとはいえ、お母さんとは満足に会話もしていなかった。元気ですかというメールもそのままにしてしまっていた位だから、私も罪悪感を抱いてしまって、病床に眠るお母さんをそのままに家に帰ってしまったのだ。

 明日の朝、また謝ろうと思って。明日の朝がちゃんと来ると信じて。そして、お母さんとはそれきりだった。



 ごめんなさいと言う時を逃してしまって、時間が巻き戻ればと後悔ばかりをしていた。お母さんに告げるはずだった事情も、お母さんは知る事なく。
 だから、あなたに伝えたい事はしっかりと伝えておかないといけないと思ってるの。「あなたのお母さん」として。

 子どものころは「時間が早く流れれば良いのに」と思ってしまうものかもしれない。
 でも、私はあなたと一緒に食べるお茶漬けも素敵なディナーで。あなたのお遊戯会は力の限り写真に残して、後からずっと眺めていて。
 ときおり、くすっと笑ってしまうのは・・・・・・あなたとのことを思い出していて。
 だから、そんなにすぐに育たないで欲しいと思ってしまうの。急いで頑張ろうとして、駆けだして転んで泣きそうになって。その時に、まだ私のことをみて「助けて」って言って欲しい。一人で涙を拭いて走って行って、届かないところに行ってしまわずに。

 いつかは、あなたも大人になる。たくさんのこどもが、たくさんのおとなになるの。
 あなたも、いつかは大人になる。たくさんのおとなは、たくさんのこどもだったの。

 その時になって、あなたに時間が戻るようなことを望んで欲しくない。
 あのね、私が私のお母さんに伝えられなかった事情はね。あなたが私のお腹の中にいるってこと。
 だから、あなたがお母さんになるまでは私も待ってるから。ずっと先のことかもしれないけど、あなたからの「お母さんになるの」って言葉を待ってる。

 私がお母さんに出来なかったことを、私はあなたにさせてあげたい。

 大人になって「時間が緩やかに流れれば良いのに」と思ってる。
 あなたがお母さんになるまでの時間のために。私があなたをゆっくりと待ち続けるために。