「Snowdragon's Back」

 この酒場だと、冬場はたいてい竜の背中にまつわる詩吟が流行る。
 竜の背中に乗れば、吹雪の中でも温かく、のんびりとくつろぎながら過ごすことができるという吟遊詩人が延々と繰り返してきた伝説である。実際に標高がとんでもなく高い山なら曇天の雲の上まで伸びている事があり、雲の上ならば雪も雨も関係無く過ごすことができるのだから、雲の上を泳ぐ竜の背中ならば天候に左右されることもないだろう。とんでもない高さになるのだから過ごしやすくはないだろうが。
 儂がそういう事をこの時期になると説くことになるのは、儂が珍しいドラゴンハーフだからだ。冬竜とその巫女から生まれた半人半竜であるから、強大な竜としての姿も持つし、冬の時期に飛ぶのは寒いからと酒場で飲みながら過ごすための人の姿にもなれる。そうして人の姿で過ごしていても、竜の背中について歌われると誰かしら儂の方を見て、本当の話なのかと問い詰めてくるのだ。冬を酒場で過ごしているような一般人は当然雲の上なんて見たこともないのだから、儂が語る雲海のこともイマイチ理解できず、天の国がそこにあると思いたがる。迷惑な話だ。成層圏を突き抜けても、幸せなんて見た事がない。空の上は生きる上で必要なものが欠けた苦しみの世界だ。そんな世界にも関わらず、人は空の上を見つめる。酔っ払いどもは暖かさを求めているだけだがな。
 しかし、それもわからないでもない。この時期の死因の大半が凍死だ。路上で死なないためにも建物に籠もらざるをえず、建物の中でも満足な暖かさは得られない。火は貴重品の中の貴重品だ。儂のような竜がいれば息を吹きかけて暖炉に火をつけることができるが、大抵は冬の前に拵えた火種を細々と使うことになる。そして、火種は取引の材料や奪い合いの要因となって諍いになる。生きる為に火の奪い合いだ。火は分け合える物なのに呆れるくらい簡単に台無しにするのが人であり、失われた火をなんとかするのは儂であったりする。

「いやー、ドラゴンさんの背中は暖かいですなぁ。変温動物じゃなかったですっけ」
「ーーーーリザードマンなどの爬虫類が変温動物であって、ドラゴンの詳しい生態は明らかになってない。個人主義で隠れ里で子供を育てるドラゴンについてわかっていることは少ない」
「なるほどなるほど。つまり、うちのドラゴンさんに聞いてみないとわからないと」

 そのへん、どうなってるんですと言い出すのは狼人の娘で名前を・・・・・・なんだったか。とにかく儂の背中に抱きついて騒がしくするのがワーウルフで、その娘と雑談する方がワーキャットの娘である。籠もりの間の酒場では保護者のいない女子供は酷い目に遭いやすいため、儂が適当に手を差し伸べたのだが、完全に居着いてしまった。
「ドラゴンさん的には、自分のことはわかってる感じなんでしょーか?」
「儂に聞かれてもな。調べた事もない」
「そうだと思っていた。そもそも他者に関心の強いドラゴンなんて、貴方以外に見た事がない」
 猫さんは他のドラゴンに会ったことがあるっすかー! と騒ぐワーウルフが背中の上で暴れると、ワーキャットがテーブルの上に本を広げ自分の交友関係の広さを自慢する。この娘は稀少な生物に会うのが趣味であるらしく、儂に会いにこの国まで来たのだと初めて出会った時に聞いていたが、複数の竜に会うほどとは。
「これがここのドラゴンのお父上。息子さんに会いに行くため、好きな料理などを細かく聞いていたら姿を写させてくれた」
 他の竜は家族だった。というか、爺に「息子さんの好物とか教えてもらえませんか」とか聞いたら確実に嫁候補だと誤解する。少なくとも爺は誤解したために姿の写生を許したのだろう。ワーウルフも、その可能性に気付いたのか顔を赤くしながら「え? もしかしてお邪魔虫だったりしたっすか? でもでも、オーカミの血にかけて惚れた人を素直に諦める訳には」と言っている。・・・・・・いや、錯乱していただけだった。ワーキャットに、爺が誤解しているだろうと伝えたが「二度と会わないでしょうから誤解させたままで逃げ切ります。困ったら事実にします」と答えた。どうなのだ、それは。
 ともあれ、儂の背中にはワーウルフがぶら下がりながらくつろいでいる。ワーキャットも背中の上で寝ていたりするものだから、酒場の吟遊詩人はその姿を見て、歌い始めるのだ。

 竜の背中に乗れば吹雪の中でも温かく、のんびりとくつろぎながら過ごすことができると。