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エッセイ:大ちゃんは○○である

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大学時代~役者を経て介護業界に飛び込み、現在までを綴るエッセイ。
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#note介護福祉士部門

エッセイ:大ちゃんは○○である29

エッセイ:大ちゃんは○○である29

オーディションは順調に進んでいった。
「誰よりも大きな声が出せます。」と言って
いきなり大声を出す者。
自作の歌をアカペラで歌い出す者。
「特技は重いものを持ち上げることです。」と言って
「今僕はとても眠たいので重たい瞼を持ち上げます。」
と目をパッチリ開けて審査員を笑わせる者。
出てくるなりバク宙を披露しようとして失敗する者。
本当に様々な個性が暴れ回っていた。
詩の朗読や台本の読み合わせについ

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エッセイ:大ちゃんは○○である28

エッセイ:大ちゃんは○○である28

高橋一也は「はいっ!」と大きな声で返事をして前へ出た。
黒の皮ジャケットを羽織り、黒の皮パンツ。
全身が黒一色に包まれ、シルバーのアクセサリーをじゃらじゃらと身につけた小柄な男だった。
「では、自己紹介、自己PRからお願いします。」
「高橋一也、24歳です。自衛隊に所属していたこともあり、体力・気力だけは誰にも負けません。
反骨精神を持って、ロックに生き抜いてやろうと思ってます。
好きな映画はバッ

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エッセイ:大ちゃんは○○である27

エッセイ:大ちゃんは○○である27

「おはようございます。本日はお集まりいただきまして、ありがとうございます。よろしくお願いいたします。」
開始時間になり、扉が閉められ、スタッフの方の挨拶が始まった。
最終的に書類選考通過者50名程はいただろうか?
先にも書いたように根拠のない自信はみなぎっているのに、なぜだか周りにいる人間が皆すごい人達なんじゃないかと思えてくる。
何を見たわけでも、何を聞いたわけでもないのにだ。
僕は緊張の糸を切

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エッセイ:大ちゃんは○○である26

エッセイ:大ちゃんは○○である26

事務所オーディションは浅草にあるビルの一室で行われた。
会場の入り口に近づくと、付近は熱気に包まれており、元々纏っていた緊張感がさらにグッと増していく。
受付には事務所スタッフと思われるスーツ姿の男性1名、女性1名がおり、来場者に1人づつ案内をしていた。
僕が行くと先に到着していた4人のライバルが並んでおり、スタッフの方から順に説明を受けていたので、僕もその4人の後ろに並び、受付の順番が来るのを待

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エッセイ:大ちゃんは○○である25

エッセイ:大ちゃんは○○である25

「おはようございます。当バスは間もなく東京駅に到着いたします。本日はご乗車いただきまして、誠にありがとうございました。」
車内に到着を知らせるアナウンスが流れ、乗客達はごそごそと起きだして、降車に向け備えだした。
僕はというと、結局一睡もできないまま、バスは東京駅の八重洲口へと到着した。
隣の太っちょマンを見ると、しっかり寝ましたと言わんばかりのスッキリした顔をしていたもんだから
本当に気分は『こ

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エッセイ:大ちゃんは○○である24

エッセイ:大ちゃんは○○である24

僕は左肩に力を入れ、クイっと動かしてみた。
「うーーん、、むにゃむにゃ」
全く気づく気配がない。まあまあまあ、そりゃあそうだよ。クイっぐらいで気づかせることができたなら苦労はない。
ならばと、今度は2段階クイクイを入れてみた。
クイっクイっ!
「むにゃん、うーん」
ほぉー、これでもだめですか。なかなか手強いじゃないですか。2段階クイクイでダメとなると、いよいよアレか。
アレを出すしかないか。
本当

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エッセイ:大ちゃんは○○である23

エッセイ:大ちゃんは○○である23

高速道路に入った夜行バスの車窓からは暗闇の景色が広がっており、外を眺める時間を楽しむといった感じではない。
車内の人達もポツポツと座席ライトを消し始める人が増え始め静かな空間が出来上がりつつあった。
僕も目を閉じ、静かに睡魔が忍び寄ってくるのを待った。
ところが。
「グォ、グァーー、スピーーー。ガッ、グルァーー、スピー。」
おそらく、ずっと読んで下さっている読者の方は大方予想できていたかもしれない

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エッセイ:大ちゃんは○○である22

エッセイ:大ちゃんは○○である22

「18のB…あー、ここだここだ。」
太っちょマンは18のBを見つけた。しかし、席を探す時ってこんなに声って出ちゃうもんなんだろうか?一人言が多いタイプなんだろうか?
「すみません、隣失礼しますねー。」
そう言って、太っちょマンは荷物を荷台に上げると僕の隣のシートにその大きなお尻をねじ込んだ。
「はい、どうぞ」とは言ったものの、本当は
「いえ、ちょっとお断りします。」と言いたかった。
言いたかったけ

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エッセイ:大ちゃんは○○である21

エッセイ:大ちゃんは○○である21

いざ上京することを決めたものの、退学届を出した時点ではまだ何も決まっていなかった。
所属するプロダクションも決まっていなければ、住む場所も決まってない。
知り合いがいるわけでもなければ、ツテやコネがあるわけでもない。
本当にないない尽くしの状態だった。
この事務所に入りたい!という目星だけはつけていて、書類は送っていたので
プロダクション面接の日程だけは先方から連絡をいただいており、決まっていた。

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エッセイ:大ちゃんは○○である⑳

エッセイ:大ちゃんは○○である⑳

大学の退学手続きは驚くほどあっさりしたものだった。
義務教育ではないとはいえ、おそらく高校で退学届を提出するとなったら
担任なり、学年主任なりに呼び出され
「どうしたんだ?何があったんだ?」
「考え直したらどうだ?」なんて言葉をかけられるんじゃないだろうかと思うのだが
退学届を大学の学生課に持っていった時
そこそこの緊張をしていた僕が
「すみません、退学を希望しますのでよろしくお願いいたします。」

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エッセイ:大ちゃんは○○である⑲

エッセイ:大ちゃんは○○である⑲

「は…?えっ…?もしかして…トシか!?」
タケちゃんはびっくりした様子で紳士の名前を呼んだ。
トシと呼ばれた紳士もまた、びっくりした様子でタケちゃんを見つめていた。
そんな2人を見ながら僕も大層びっくりしたわけだが
まさかの2人が知り合いという現実にただただ驚くばかりだった。
『この2人が知り合いって、どんな繋がりなんだよ。まさか!タケちゃんも怖い人だったの!?』
そうとでも考えない限り、この強面

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エッセイ:大ちゃんは○○である⑱

エッセイ:大ちゃんは○○である⑱

誰かを待ってる時のドキドキって普通は嬉しいものであるはずだし、そうであってほしい。
どんな顔して来るんだろうな?スキップしてきたりするのかな?はちきれんばかりの笑顔で駆け寄ってきてくれたら嬉しいな。
そんなことを考えながら到着を待ちたいものだが、今回ばかりはそんなことを考える余裕なんて微塵もない。
もしも、社長がスキップしながら現れたり、はちきれんばかりの笑顔で駆け寄ってきたとしたら……
いやいや

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エッセイ:大ちゃんは○○である⑰

エッセイ:大ちゃんは○○である⑰

「親父ぃー、親父ぃー!大丈夫ですかー!?」
上下ジャージ男の大声が鼓膜を震わせ、僕はハッと我に帰った。
そうだった。もう一回火を点けてみろと言われて、つまみを回したら勢いよく火が立ち上ぼって
紳士のおでこ、前髪あたりを直撃したんだった。
これは現実なんだ。ほっぺたをつねるまでもない。
間違いなく僕は『やっちゃったんだ』と理解した。
「おい、こらぁ!お前どうしてくれんだぁー!」
上下ジャージ男は素早

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エッセイ:大ちゃんは○○である⑯

エッセイ:大ちゃんは○○である⑯

ガスコンロのつまみに手をかけた。
火をつけるため、つまみを左に回す。
カチッっと音がしたが、火はつかなかった。
『あれ?』と思ったが、まあまあよくあることだ。
「すみません、失礼しました。」と伝え、
気を取り直し、もう一度つまみを左に回して点火を試みる。
しかし…またも火はつかなかった。
『なんでだ?なんで点かないんだ?』
焦りからか、脂汗が頬を伝い脇が湿りだす。
「おいおいおい、大丈夫かよ。しっ

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