見出し画像

エッセイ:大ちゃんは○○である⑰

「親父ぃー、親父ぃー!大丈夫ですかー!?」
上下ジャージ男の大声が鼓膜を震わせ、僕はハッと我に帰った。
そうだった。もう一回火を点けてみろと言われて、つまみを回したら勢いよく火が立ち上ぼって
紳士のおでこ、前髪あたりを直撃したんだった。
これは現実なんだ。ほっぺたをつねるまでもない。
間違いなく僕は『やっちゃったんだ』と理解した。
「おい、こらぁ!お前どうしてくれんだぁー!」
上下ジャージ男は素早く立ち上がると僕の胸ぐらを掴み、詰めよってきた。
「とんでもねぇことしてくれたなぁ!おぉ!お前ちょっと表来いっ!」
あまりの怖さ、迫力に僕は声を出すこともできなかった。
胸ぐらを掴まれたまま、引きずられるように出入口に向かって歩かされている僕は
どこか客観的にこの光景を見ているような感覚もあった。
『うわぁ、歩かされてるなあ。可哀想なことになっちゃってんなあ。』
『この後は○○なるんだろうな。そしたら○○されて、○○になった後○○○かな。』
と、この後の展開をほぼ絶望に近い諦めの心境でいたりもした。
ほんの数歩がすごく長く感じたんだと思うのだが、動き出してすぐだったようにも思う。
マコさんが血相を変えて駆け寄ってきた。
「申し訳ございません!なにか不手際がございましたでしょうか!?」
当然といえば当然なのかもしれないが、マコさんが本当に神に見えた。
『救世主だ。救世主がきてくれたんだ。』と。
「あぁ!?不手際もなにもねえだろ!このガキが親父の頭燃やしやがったんだ!どうしてくれんだぁ、こらぁ!」
マコさんの登場にも上下ジャージ男の怒りは収まらなかった。
マコさんは、そのあまりの剣幕にたじろぎながらも冷静に上下ジャージ男を宥めようと頑張ってくれた。
僕はただただ、丸く収まりますようにと祈るばかりだった。
5分ほどの時間が経過した頃だろうか。
店長もその場にやってきて、依然として興奮冷めやらぬ上下ジャージ男に
「お客様、こちらの不手際大変申し訳ございませんでした。今うちの社長がこちらに向かっておりますので、それまで少々お待ちいただけませんでしょうか?」と言った。
すると、それまで一連のやりとりを静観していた、前髪がややチリチリになってしまった紳士が
「じゃあ、話は社長が到着してからということにしようか。」
と口を開き
「おい、カズ!そういうことだから一回座れ。とりあえずその社長さんとやらが来てから、ゆっくり話しようじゃねえか。」
と上下ジャージ男改めカズに声をかけた。
「は、はい。分かりました。」
渋々といった感じではあったもののカズはその言葉を受けて素直に席に戻った。
僕は束の間の解放と安堵のため息を、バレないようにそっと一つだけ吐いた。

つづく

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?