見出し画像

ショートショート『俺に話しかけるな』

 もううんざりだ。

 最近、いやここ何年間にも渡って、気が狂った男に喋りかけられている。内容も意味がわからない。ああ、ほら、まただ。

 「なあ相棒。ケーキは好きか?ショートケーキ。チョコレートケーキ。バスクチーズケーキ。なんてのもある。とにかくケーキだ。あれ焼くときよお。丸い型に生地入れて焼くよな。でも食うとき。食うときはよお、三角に切り分けるよな。そのとき。みんな先端から食うよな。先端だ。三角の先端だ。でもよお。その先端てよお。元々は真ん中だったんだよなあ。そうだよ。丸のとき。先端はたしかに真ん中だったんだよ。やっぱり、型にはまって性格の丸いやつ。そんなやつはいつも輪の真ん中なんだよ。でもよお。ちょっとでも尖ろうとする。そうするとよお。急に端に追いやられてしまうんだ。ケーキってよお。俺たちみたいだよなあ」

 な?イカれてるだろ?

 別に言いたいことが伝わらないわけじゃねえ。しかしケーキと人間を無理に結びつける意味がわからねえ。
 人間の習性を説明するためにケーキの例をもちだしたのか、ケーキを切り分けたときに先端だった部分が、ホールのときは中心であることに気づき、あとから教訓にしようと後付けしたのか。全くもってどちらかわからないし、わかったところでどうしようもない。

 そもそもの問題として、喋り方がが気持ち悪い。なぜわざわざ間を取って、こちらに確認を取りながら話すんだ。どうせ聞き流すことを、それを許さないような口調で言いやがる。毎回、重要な講義の一節ほどの時間で話してくるから気が狂いそうになる。

 極めつけは、俺のことを「相棒」と呼んできやがることだ。こう呼ばれるたびに毎回ゾッしてしまう。俺がそう認めなくても、男は俺のことを信頼の置ける相棒として扱ってくる。気味が悪くてたまらない。

 うわっ。また俺に話しかけてくるつもりだ。
 
「なあ、相棒。なあ。俺の相棒。へその緒ってあるだろ?赤ん坊のころ、ついてたんだよな。母親から栄養もらうあれだ。お前にもついてたのかな。俺にはついてたよ。じゃあお前にもついてたんじゃないかなあ。日本じゃあれ、取っとくよな。あれはよお、元々母親と繋がってたんだよなあ。母親は腹の中で俺たちを造った。生命は母親が造るんだよなあ。それでよお、相棒。母なる地球って言うだろ?生命はよお、元々地球が生んだんだよなあ。へその緒ってよお。へその緒は暗示なんだよなあ。俺たち生命は母なる地球と繋がってるっていう。そのことを証明する、暗示何だよお」

 ああ、本当にいい加減にしてくれ。よりにもよって今日は調子の良い日だ。ということは俺にとっては最悪な日だ。

 こいつは饒舌になりだすと、話の内容が神とか宗教とか母なる大地とか、スピリチュアルな方向に走り出す。手がつけられなくなる前になにか起きて、強制的に話を終了せざるをえなくならない限り、こいつは無限に喋りかけてくるんだ。
 今日は何もすることがない土曜日。
 いよいよ俺のほうがやばそうだ。

「そうだ。俺たちはよお。俺たちは繋がってるんだよお。俺たちだけじゃない。俺たちは、俺たち以外とも繋がってるんだ。なんでだと思う?相棒。魂だよ。魂があるからだよ。全部にはよお。魂があるんだよな。全てに魂が宿ってるんだよな。俺たちはよお。魂で会話できるはずなんだよ。俺たちは魂で繋がってるから。魂で会話できるはずなんだよ。しかも。しかも俺たち、実際に繋がってるじゃないか。なあ相棒。そうだろ?答えてくれよ。何もかもにだ。何もかもにあるんだよなあ。魂は」

 どういうわけか、こいつはずっと話していれば、いつか俺が口を開くと思っている。とんだ妄想野郎だ。

 この世の全てに魂が宿ってるだと?もしそれが本当でも嘘でも俺にはどうでもいいことだ。俺に話してくること自体が問題なんだ。
 そもそも魂とか精霊とか、そんなものは人間が勝手に想像して作った概念じゃないか。人間は自分たちが初めて魂を認識できる存在だと思い込んでいるようだ。人間が生まれる以前に、どれだけの生命とどれだけの物が生まれたと思っているんだ。この世の全ての物が、「人間は今さら何を言っているんだ」と呆れているだろうな。魂の有無を想像すること自体がもう遅れているんだ。

 俺はわかってる。こいつとは絶対に口を利いてはいけない。
 会話を成立させてしまうとこいつはもっと喋るようになるだろう。そして話はもっと長くなるだろう。俺はその時、本当に精神が崩壊してしまうだろう。そもそも、俺は………。

「相棒。俺たちは生きてる。俺は生きてる。お前も生きてるよなあ。何しろ繋がってる魂があるからだ。俺たちは話し合える。俺たちはな。話し合えるんだよお。となると。となるとよお。俺たちは互いに助け合って生きていけるんだよなあ。俺たちはいつもの生活で協力できる。そうだよなあ。相棒。実際いつも一緒にいるじゃねえかよお。俺たちはお互いに依存してるんだ。俺たちは依存し合ってよお。調和してよお、生きてくんだ。なあ?相棒。調和してよお、生きてくんだよお」 

 今までなんとか無視を貫いてきた。今日という今日は、もう我慢の限界かもしれない。

 「相棒。知ってるか?俺たちはよお。俺たちは。俺たちは、一緒にこの世に産まれてきたんだぜ?なあ。相棒。少しはよお。口を利いてくれてもいいじゃねえか」
 うるせぇ。そんな話をするんじゃねえ。

 「なあ相棒。聞こえてるんだろ?返事をしてくれよお」
 うるせえ。

 「相棒。頼むよお。俺ずっとお前と一緒だろお?」
 黙れ。

 「なあ。相棒。俺たちずっと一緒だからさ。俺、ずっとお前の名前呼び続けるよお」
 黙れ黙れ黙れ。

 「なあ相棒。相棒、相棒。返事してくれよ。話してくれよ。相棒。俺はここにいるよ。相棒。頼むよ。俺たち相棒同士だろお。言葉返してくれよお。なあ相棒。頼むよお。相棒。相棒、相棒、相棒、相棒、相棒、相

 『うるせえ!!!なんでいつもいつもてめえは俺に話しかてくるんだ!!!俺はてめえの影だぞ!!!影が話せるわけないだろ!!!』

 「………!おお、相棒。やっと口を利いてくれたか。相棒、知ってるか?この世ってよお………


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?