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連載小説『俺たちは爆弾を作ることについて真剣に考えなければならない』第2章


第1章・あらすじ

 津幡第一中学校・爆弾製作委員会、通称"爆委(ばくい)"は、男子中学生3人が所属する極秘の特別委員会である。
 2023年11月5日、委員長・田淵健太(たぶちけんた)は、委員の杉浦桔平(すぎうらきっぺい)、中島翔之助(なかじましょうのすけ)の2人を招集し、最後の定例会議を開いた。
 4月に発足した爆委は、7カ月間で様々な準備を重ねてきた。ついに計画の最終段階に取り掛かるようだ。
 最後の会議では、10日後の爆弾製作と12日後の最終目的実行のために備えるため、これまでの定例会議の議事録や活動報告書を振り返るという。
 3人が取り囲む机の上に、7か月間を記録した壮絶な文書の数々が並べられた。


第2章

―――爆弾製作委員会・議事録―――
日 時:2023年10月31日
場 所:田淵家 1階 会議室
出席者:津幡第一中学校 爆弾製作委員会 田淵健太/杉浦桔平/中島翔之助
議 題:もうすぐそこまで来ている
会議模様:以下、実際の会議内容を記す。書記:杉浦桔平

 我々爆弾製作委員会は、9月から10月にかけて行われた田淵家での定例会議(9/30、10/14、10/25、計3回)において、現状確認のみを行い解散としてきた。
 10/25に関しては、田淵が紙の資料を読み上げるだけの時間であった。その会議から本日に至るまで、経過した日数はたった6日間のみである。

 このことに関して、中島が、田淵の開始の挨拶を遮るように疑問を呈したことで、少々異例の形で今回の定例会議が開催されることとなった。

「じゃあ今日も始めるぞ。まずは前回までの
「ちょっと、いいかな」
「ん。中島、どうかしたか」
「今日は10月31日だから当然、今月最後の定例会議の日になるよね。僕はてっきりこの前の10月25日で最後だと思ってたんだ。一カ月に2回しか開かれてないのも不思議だったんだけど、それよりも、内容がずっと一緒なようだから、もう次は11月になるのかなと思ってたんだよ。でも、今日開かれた。
どうして最後の会議から6日しか経ってないのに僕たちはまた集まったんだい?」

 田淵は数秒間言葉を探したようであったが、非常に単純な指摘から説明に入った。

「中島、まずは話を聞いてくれ。もちろんお前が不思議に思うのも当然だ。今までの定例会議は大体均等なペースで開いてきた。お前は今、最後の会議から6日しか経っていないって言ったよな。これが重要なことなんだ。つまり、今日は前回までの会議のような、ただの報告で終わらせることができない、大切なことを共有しておきたい日なんだ。」
「そ、そうだったんだ。桔平はなにか知ってるの?」
「いや、俺は杉浦に、今言ったようなことしか伝えてない。」

 そうなのだ。私にも、今回の定例会議で何が伝えられえるかは詳しく聞かされていない。
 実を言えば、今回の議題である〈もうすぐそこまで来ている〉は、田淵が考えたものをそのまま使用しているのだ。これまでは私が考えてきた。本日2つ目の異例ポイントである。

 もう一つ、田淵の表情が少し明るさを取り戻している思われるという点も、ここに記録すべきこととして挙げられる。
 一生口角が上がることはない。そう言われても容易に納得できる経験をしてきた田淵が心なしか嬉しそうに話すのは、ここ1カ月ほど平穏な日々が続いたからであろう。

 しかし、田淵も、無論我々2人も、正常な人間から見れば既に重大な欠陥、欠落を呈しており、いくら精神的、肉体的に落ち着いた時間があれども、その穴を塞ぐことは不可能なのだ。
 我々は、根本的に、人間として終わっている。

 終わった彼が、終わった私たちに向けて、なにかサプライズ報告を用意している。これが本日の会議の要約としてふさわしいのだろう。

「結論から言おう。」

 中島は、わかりやすく息を吞んだ。それは自分の意思でやってるだろうと思われるような、雰囲気づくりに最適の「ゴクリ」、という音が聞こえてきた。

「ニトログリセリンの調達が完了した」
「え………」
「マジかよ………」

 これには私も中島も度肝を抜かれた。
 今までニトログリセリンの調達に支払った労力は、例えば我々が再び同じことをするか、崖から飛び降りるかの選択を強要されたとする。その場合我々は、答える間もなく一目散に岬へ駆け出すことだろう。それほど狂気を極めた数カ月であったと認識しているのだ。

 事実、ここ1カ月以上続いた平穏は、ニトログリセリンを比較的安全に収集する方法を編み出したために実現されたのであり、また安全であるがゆえに、必要な量を集めるには途方もない時間がかかるものだと予測していた。

 私が質問した。

「たしか今採用している方法は、9月の中頃に決定した、一度に集められる量が非常に少ない作戦だよな。一カ月と数日間で、残り3L必要なニトログリセリンの量に対して、集まったのはたった400mlとちょっとだ。どうしたら急に2L以上も増えたんだ?もし今保管してある瓶の中で勝手に核分裂でも起こして増殖してくれたというなら、今すぐにでも核爆弾に作戦変更するべきだが」
「んな分けねえだろ。ただ、急に増えたのは間違いねえ。しかもそれは昨日の夜の出来事だ」
「何があったんだ?」
「俺も正直何が起こっているのかわからなかった。なにせ、"あの人たち"から連絡があったんだからな」

 つかの間の沈黙の後、少々冷静さを欠いた私が再び口を開く。

「おい、田淵。ありえないことを言ってるのはお前の方なんじゃないのか?もう一度行ってみろ。昨晩何があったって?」
「だから言ってるだろ。昨晩、"この人たち"から着信があったんだ。『足りない分のニトログリセリンを用意したから取りに来い』と。俺はわざわざ学校前だというのに、朝4時に取りに行って、保管庫までニトログリセリンを運んでたんだ」

 思い出してみれば今日の登校時、田淵から保管庫内に漂う匂いがかすかに纏わり付いていたような気もする。
 しかしありえないことであるのに変わりはない。
 次は中島が問うた。

「ど、どうしてそんなことが」
「中島、信じられないか」
「そりゃそうだよ。だって"あの人たち"は9月の初めに捕まったはずじゃないか。外部とのやりとりだってできないはずだし、そもそも刑務所じゃニトログリセリンの製造なんてできるわけがないよ。健ちゃん、本当に"あの人たち"から連絡が来たのかい?」
「そうなんだ。本当なんだ」

 田淵の口調と表情からして、この話は嘘ではないのだろう。ここであえてチームを混乱させるようなことを言う意味がない。
 しかし、なぜ今になってパクられたはずの奴らから再び呼び出されることがあるのだろうか。

「おい田淵、あの中の誰が担当だったんだ?」
「そこなんだ。俺がついて時にはもう何人か来ていた。ただ、全員見たことない顔だった。それはもちろん、これまでの担当が捕まっていないから当然なのだが、とにかく誰の顔も見たことがなかったんだ。話を聞くと、彼らは残党だったらしい。ニュースでは『メンバー全員を摘発』となっていたが、他県で動いていた"別動隊"がまだ残ってたらしいんだ」

 そんなことがあり得るのだろうか。

「別れたメンバーの人たちは何をしてたの?」
「俺もそれを聞いて自分の耳を疑った。分隊とし他県にいたメンバーは、どうやら化学工場を動かしていたらしい。そこで様々な工業用製品を作っているように見せかけ、実はニトログリセリンをメインに製造していたらしい」
「えっ。じゃあそれって、僕たちのためにわざわざ新しい活動隊を作ってくれてたってこと?」
「ああ、そういうことだ」

 心底、油断のない奴らだ。
 我々をあんな目に合わせたことを除けば、素直に尊敬に値する人たちだっただろう。だが、私が奴らを許すことは死んでもないのだと思う。

「ということで。本日10月31日、不足分であったニトログリセリン2.57Lを、早朝に委員長・田淵が保管庫へ運搬。爆弾材料「ニトログリセリン 12L」調達完了の報告とする。」

 中島と私は拍手をする。

 ここで、中島がふと考える姿勢を取る。

 田淵が話し出す様子はなく、じっと我々の反応をうかがっていた。

 私は何かを考える中島を見ていた。
 私は考える中島を見ながら、私の頭の中で、何か引っかかるような思考の起こりを感じていた。

 ハッとした。
 中島が先に、口を開いた。

「ね、ねえ、健ちゃん。か、確認なんだけどさあ。他の材料って今どれだけあったんだっけ。あとは何を集めないといけなかったんだっけ。僕あんまり覚えてなくってさ」
「中島、収集しなければいけない材料は、あとニトログリセリンだけだったろう」

 私もたまらず質問をぶつけた。返ってくる答えはわかっていたはずであった。

「田淵、ニトログリセリンが集まったなら、もう………」
「ああ、そうだ。報告を続けるぞ。
本日10月31日、ニトログリセリン12Lの調達完了により、ここ数カ月間続いた爆弾材料調達の完了、すなわち、目的達成に必要な爆弾40個の製作準備完了を、委員長・田淵が報告する。」

 拍手で指を痛めたことが原因でキーボードを打つのに苦労するという経験は、今日が初めてである。

 活動報告会としての定例会議は、おそらく本日で終了する。
 田淵の言うとおりだ。
 目的の達成は、〈もうすぐそこまで来ている〉。


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