見出し画像

社会人4ヶ月目

きみは、もっと、大きくなれるのに、どうして。

ここで生きるわたしに何度かこの言葉をくれた人がいました。もっとできる、もっと大きくなれるって。つい最近、それを現実でも言われました。わたしの会社の中にある、ひとつの大きな事業を任されている、いずれ手の届かないところに行くであろう人です。その人が言いました。

「目を見たら、分かるんだよ、伝わってくるものがある。キミのその目は、なんか、違うんだよ。しっかりとしているようで、どこか頼りなく、自信がない、そんなキミは、他の人とは明らかに違う、違う目をしていて、たぶん、もっとできる、もっとやれる、まだ、思考を止めてはいけない。もっと欲しい、もっとやる、キミを見たい。」

お酒を片手に持ちながらも、はっきりとした目で、わたしに訴えかけてくれました。1ヶ月ほど前に会った時も、同じような目で、わたしを真っ直ぐに見つめてくれた。あの時のことを覚えているのでしょうか、それとも、ただの気まぐれでしょうか。連絡、待ってるよ、と言った、最後の一言を、聞き逃したふりを続けている、わたしに、一体なにができるというのでしょうか。

すごい人に期待され、裏切るのは何回目でしょうか。それとも、期待されていると感じているのはわたしだけで、実は色んな人に期待しているという言葉を投げていて、その中でたまたま光ったものに、ライトが当たっているだけでしょうか。たった一夜の言葉に、惑わされているような今のわたしは、まだまだだということでしょうか。期待するのも、期待されるのも、どうしようもなく、こわい。

自分の置かれた環境に感謝し続けてきた人生です、が、今はかなり苦しいです。もっと高く、もっと広く、もっと大きく、ならないといけない、自分に大きな期待をのせて、見えない自分と戦っている、そのプレッシャーに押しつぶされて、現実から目を背けたくなって、だれにも言えなくて、涙が出る、のは一瞬で。悲しむことすら許されない、逃げることも許されない、頑張ることしか認められない、頑張れない自分は惨めで、ここにいてはいけないと言われているようで、ひたすらに自分の首を絞めて、また、存在しないだれかに助けを求めている。

こんなとき、無条件で愛してくれるだれかがいたなら、と思う反面、そんな軽い愛はいらない、と思うわたしがいる。毎日愛を伝えるのは苦手だから、毎日愛を伝えなくてもちゃんと存在して、見返りを求めずに、毎日愛を与え続けてくれる、そんな存在がほしい、って、いないよ、これはわがままだよ、ってわたしとまた喧嘩。恋愛をする資格もない、だれかに愛される未来も遠い。必要以上の孤独に包まれて、強くなるどころか、極端に弱くなっていく、昨日よりも臆病になるわたしがこわい、いつか歩みを止めてしまいそうなわたしがこわい。

ストレス耐性なんて言葉は必要ありません。ストレスに耐えようとするから潰されてしまう。優しく受け止めて、抱きしめて、ひたすらにストレスに包まれて、そのまま眠り続ける日々とか、そもそもそんなストレスが生まれないような、わたしを守るためだけに存在する毎日とか、そういうものに囲まれる生活であれば、もっともっと、簡単に生きていられるのになあ。

雲に乗りたいと思っていました。目に見える雲は、近くに行くと形を失ってしまいます。乗りたいという夢は夢のままで、現実はあまり綺麗ではなくて、知らない方がいいこともあると知りました。目の前の問題に対してポジティブだねと言われました。つまり、もっと深く考えろということです。深く考えれば考えるほど、雲と相反する場所にある海の中にズボズボと埋まってしまって、思考の渦から抜け出せなくなって、身軽になれなくなってしまう、だから考えていないのです、でも、わたしが優秀でないことの証明をされることが悔しくて、負けたくなくて、少し頑張る。そんな毎日、社会人4ヶ月目。

この記事が参加している募集

#昼休みの過ごしかた

1,723件

#私は私のここがすき

15,649件

いつか青い鳥になって、あなたの下へ幸せを届けます。