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あの子になりたくて

一年と、ちょっと。伸ばした髪を切りました。憧れのあの子になりたかった。ただ、それだけ。

髪伸ばしてみたら?長いのも見たいし。一年以上髪を伸ばしたのは何気ないあの人の一言でした。大人のお姉さんになりたいというわたしの願望も、少し。あの人の周りは大人っぽい女性ばかりでした。ピアス、ネイル、ヒール、煙草、と長い髪。たった一言に惑わされて、一年以上も髪を伸ばしていたなんて。単純なわたしでした。

一年で「大人っぽくなった」と散々言われた。「恋人変わった?」「年とった?」「ちょっと反抗期?」みんな、好き勝手なことばかり言います。でも、口を揃えて「今の方がいいよ」と言ってくれました。煙草は吸えなかったけれど、確かに手に入れた新しいわたし。変化を噛みしめる毎日がとても楽しかった。でも、ふと気づきました。髪を伸ばし始めて、耳を開けて、ネイルをして、ヒールを履いて、インナーカラーまで入れた、けど、あの日からわたしはあの人に会っていない。わたし、あの人がいなくても生きている。そっか、わたしには、もうあの人は必要ないんだね。

髪を切った。あの人に髪を切ろうかな、と相談した日、したいと思っていた長さに。童顔だから、背が低いから、大人っぽくなったわたしは消えてしまう、と思ったけれど、そんなこともなかった。一年かけて変化したわたしは残ったままで、また、新しいわたしになった。ああ、あの時あの人に見せたかったわたしは、もうどこにもいなくなった。

散々ロングヘアーが好きだと言っていた友人も、恋人も、みんなボブになったわたしを褒めてくれました。また可愛くなったね、と言われました。人間は不思議です。結局、わたしはわたしで自分の一番を見つけてあげるしかないみたいです。

今日は、お気に入りの音楽だけを聴いた。懐かしい曲、思い出、あの子。元気にしているかな。

高校一年生の時に出会ったあの子は、「バンドが好き」と言っていた。バンドマンも好きだった。大学に入ってすぐ、バンドマンと付き合った。暴力、酒、ギャンブル、借金。嫌な話ばかり聞いたけれど、幸せだって言ってた。あの子の部屋に行ったとき、ベッドの隅に散らばっているコンドームを見つけたけれど、見なかったフリをした。

あの子が好きだと言ったバンドの良さを知りたくて、毎晩YouTubeで「バンド」と検索した。分からなくて、分からないけど分かりたくて、分からないものに向き合い続けた。あの子が好きだと言ったグループの名前をこっそりノートにメモして、家に帰って聴いた。よく分からなかったけど、「聴いたよ。あの曲いいよね。」と言った。あの子が好きなら、どんなにつまらない曲も、なんとなくいいなと思えた。

あの子がライブハウスに連れて行ってくれた。どうにか楽しみたくて、一か月前から出演するバンドの曲を聴き続けた。あの子とわたし、一番前のど真ん中。知らないバンドマンの汗を浴び続けた。あの子は目をキラキラさせて、大声を出して、手をたたいて、頭を振って、笑ってた。あの子に、なりたかった。

高校二年生って、もう5年前。あの子と見たバンドは、もう小さなライブハウスでは歌ってくれない。大きくなったバンド、広くなったライブハウス、大人になったわたし。わたし、一人でライブハウスにいるよ。誰よりもリズムにのって、手を突き出して、歌を口ずさんで、って、コロナだから遠慮気味に。5年前に聴いた、あの曲、あの曲だけはのれなかった、わたし、泣いていた。ねえ、あなたは元気かな。わたしは、まだあなたになれないよ。

変わる。変わる。あの人も、あの子も、わたしの中にいるのはみんな過去。過去、寂しいけれど、また思い出せてよかった。あの人も、あの子も、私の記憶の中にいてくれた。次、思い出せるのはいつかな。ありがとう、その時まで、さようなら。







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