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#日記
フリーダ・カーロの日記ー新たなまなざし
メキシコを代表する画家フリーダ・カーロが、自ら描き綴った絵日記。待望の日本語版(カラー)刊行です。解説は堀尾眞紀子先生。
度重なる手術、流産、離婚、復縁…精神を保つために絵を描き、ディエゴを愛し傷つき、間違いを繰り返し、それでもディエゴでないとダメだと気づく。彼との関係性を探り、母となり、同志、分身となりながら模索する軌跡。
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ピカソとフリーダ(フリーダ・カーロの日記#13)
フリーダはピカソと1939年にパリで知りあいました。ピカソはフリーダの作品を賞賛し、親愛のしるしに手型のイヤリングを贈っています。メキシコでは病や事故の快復に感謝して、手や足など身体の一部を型どった「ミラグロ(奇跡)」と呼ばれる奉納物を祭壇に捧げる風習があるため、こうした身体の部位を型どった飾り物はよく見られます。フリーダはこのイヤリングを大変気に入っていたようで、1940年に製作した「エレッサー
もっとみるインクの染みから(フリーダ・カーロの日記#12)
フリーダは日記の中で、滲み出たインクと裏抜けした部分を3頁にわたって想像力に富んだ絵に仕上げています。はじめは犬らしき動物、それは次のページでさらに獰猛化し、その次のページではターバンらしきものを髪にまいた女性が空を飛ぶ絵に変化しています。また、はじめに登場するインクの犬らしき動物の下には別のインクの染みもあり、こちらは葉脈が描かれた1枚の葉から、次ページでは「戦死した兵士」というコメントをつけて
もっとみる点と線の国の奇妙なカップル - ネフェリシスとオホ・ウニコ -(フリーダ・カーロの日記#11)
1945年の絵画作品『モーゼ』に、フリーダはネフェルティティを描き、「ネフェルティティは非常に美しかっただけでなく、“解放された女性”であり、賢明な夫の協力者であったに違いないと思う」とコメントしています(Hayden Herrera, Frida: A Biography of Frida Kahlo)。
フリーダの日記の中で、「点と線の国の奇妙なカップル」と題するページがあります。フリーダは
チョコレート伝説 ~メキシコのカカオから~ (フリーダ・カーロの日記#10)
フリーダの日記には、メキシコ原産のカカオが生き生きと描かれているページがあります。まず、色のイメージを書いたページでは、茶色を連想するものにチョコレートソースの「モレ」をあげています。「モレ」はメキシコで肉料理に使われる辛味のチョコレートソースのことです。チョコレートが菓子としてではなく、料理に使用する身近な食材でもあるのです。その数ページ後に、ページの真ん中に巨大なチョコレートを描き、ナワトル語
もっとみる『La llorona:ラ・ジョローナ』~泣き女の伝説とチャベラ・バルガス(フリーダ・カーロの日記#9)
Eloisa Aquino, THE LIFE AND TIMES OF BUTCH DYKES,B&D Press 2010
フリーダの日記には、たくさんの涙と泣き顔が登場します。8頁に及ぶディエゴへの愛の手紙の最後に添えられた線描は、複数の瞳が木の根やこぶの隙間に描かれたもので、いくつかの瞳からは涙がこぼれています。フリーダが好んで使用したと思われる涙のモチーフは、彼女個人の痛みや悲しみを表
アウソクローモとクロモフォーロ(フリーダ・カーロの日記#8)
Fabian Negrin, FRIDA y DIEGO, Editorial Ateneo, Grupo ILHSA, 2014
日記の中で、フリーダは自分とディエゴを特別な名称で呼んでいます。
・・・
フリーダのディエゴへ宛てた愛のメッセージは、ほとばしる情熱のままに綴られた暗喩に富んだ散文になっています。ディエゴを語る時、フリーダはあまりにも饒舌になり、語り尽くせないほどです。
「三文オペラ」の劇中歌の一節(フリーダ・カーロの日記#7)
Stamp from the former East Germany depicting Brecht
and a scene from his Life of Galileo
フリーダ・カーロは、日記の中で、ドイツ人劇作家ベルトルト・ブレヒトの戯曲『三文オペラ』にある劇中歌「マック・ザ・ナイフ」の歌詞の一部を、ドイツ語で書き写しています。
『三文オペラ(原題:Die Dreigrosche
フリーダの色彩感覚(フリーダ・カーロの日記#6)
Photo by Miguel Á. Padriñán,Pixabay
日記の中で、フリーダ・カーロは様々な色に対して抱くイメージを記しています。その中で特に目を引くのは、メキシコ人であるがゆえの彼女の色彩感覚です。例えば非常にメキシコ的だなと思われるのは、赤紫を 「 ノパールサボテンの実が流す古い血 」 の色、茶色を 「モレ」 というメキシコの肉料理に登場するチョコレートソースの色をイメージし
ディエゴへの手紙 ―象と鳩の結婚―(フリーダ・カーロの日記#5)
Clarion Books; Frida & Diego: Art, Love, Life、2014
フリーダは人生で二度の事故に遭遇したと言っています。1つめは18歳の時のバスの事故、2つめはディエゴとの出会い。1929年8月21日、ディエゴとフリーダは結婚します。フリーダ22歳、ディエゴ42歳、まるで「象と鳩の結婚」と周囲は表現しました。
フリーダの日記にはあらゆる頁にディエゴが登場します
日記の自動描画に見るシュルレアリスム的要素(フリーダ・カーロの日記#3)
フリーダ・カーロの日記には、絵画の下絵やいたずら書き等、数々の素描が描かれています。彼女の線画に描かれる宇宙観や思想感は不可思議で目が離せません。
たとえばこちら。
P.38 EL DIARIO DE FRIDA KAHLO:UNA NUEVA MIRADA, La vaca independiente
青インクで描かれた複数の点と線の結合からなる暗示的な描画。点
自動筆記とシュルレアリスム(フリーダ・カーロの日記#2)
「シュルレアリスム宣言」発表の頃のブルトン
フランスの詩人アンドレ・ブルトンは、シュルレアリスムの定義を「純然たるオートマティスム(自動筆記)によって、心の真の作動を文章もしくは他の方法で、逐語的に表現しようとするもの。理性のおよぼすいかなるコントロールも受けることなく、またどのような美的道徳的配慮をも超越した、思考による指令」と説いています。(ヘイデン・エレーラ『フリーダ・カーロ』 249 頁
1916年について描いた(フリーダ・カーロの日記#1)
フリーダ・カーロの日記の最初の頁は、「1916年について描いた」という表題から始まっています。中央には仰向けに横たわった成人のフリーダの白黒写真があり、それを縁どる写真フレームが描かれています。下段は花輪によるリボンがスカートのひだのように装飾され、上段の左側には白い鳩が羽根を広げています。
1916年とは、フリーダが9歳だった年です。その3年前の1913年、フリーダは6歳の時、右足に小児麻痺を