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黄エビネが咲く庭で (第一章 日本の医療をITで変革する)

第一章 日本の医療をITで変革する

「蒼生、国が長く続くためにはな、最低三つのことが必要なんだ。何だか分かるか?」
 吉田からの急な質問に、思わず蒼生は戸惑った。吉田は、蒼生の勤務先のIT企業『インフィニティヴァリュー』の社長だ。蒼生は心の中で、
「(おいおい、サラリーマンばっかりの駅近の居酒屋で、ビールと焼き鳥片手に天下国家の談義か?)」
と思った。
 だが、吉田という人はいつも、なんでもない時に何気なく言うことが、ビジネスにおいて極めて重要な示唆であることが多い人だ。インフィニティヴァリューの社員は皆、口を揃えてそう言う。吉田はこうやってこれまでも、自分の会社の社員を育ててきた。
 それを蒼生は知っていたから、今回も必死に考えた。

「う〜ん、良い政治と、国防力と、技術革新ですかね?」
少々取って付けたような答えだったが、あながち外してもいないのではないかと思いつつ、蒼生は吉田の顔色を伺った。
 吉田は
「うん、まあ、悪くはないが、ちょっと現在の日本の状況に意識が行きすぎているかな」
と感想を言った。彼の感覚からすると、どうやら不合格のようだ。

 吉田は常に物事の本質を外さない。だからビジネスでも、結果を出し続けている。
 その彼が、国が長く続くために最低でも必要だと考える三つとは何かが、蒼生は猛烈に気になってきた。
「吉田さん、吉田さんはどう考えてるんですか?」
蒼生が尋ねると、吉田は
「農業と、教育と、医療だ」
と即座に答えた。
「農業と、教育と、医療、ですか? 吉田さんの本職のITは入っていないんですね」
 蒼生の顔色が訝しげだったので、吉田は
「あまり釈然としてなさそうだな。ちょっとよく考えてみるか。」
と言いつつ、ジョッキの生ビールをグイッと飲み干した。そしてホールのバイトの女性に
「日本酒の十四代を一合、お願いね」
とオーダーした。
 吉田は
「十四代が届くまでに、俺が農業と教育と医療と言った理由を当てられたら、今日は俺が奢るよ」
とニヤニヤしながら言った。

 蒼生は、いつもながら、吉田からめちゃくちゃ試されているなぁと感じながらも、なんとなく楽しくなっていた。
「まず農業は、日本国民が食べていくために必要だということですよね?」
「うん、そうだ。」
「医療は、みんな病気になったら困るから、ですよね?」
「うん」
「それで、教育は、う〜ん、なんだろうな・・・・・・」
と言いかけたちょうどその時、先ほどのバイトの女性が
「十四代を一合、お持ちしました! お猪口はおいくつですか?」
と十四代を持ってきた。今日蒼生は、吉田から奢ってもらえないことが確定した。
 水割りやカクテルのように、作るのに時間がかかるお酒ではなくて、提供するまで時間がかからない日本酒を注文した吉田が、一枚上手だった。
「あ〜、間に合わなかった」
「ふふふ、残念だったな」
「がっかりです。で、教育の必要性ですけど、みんながバカだったら困るからですかね?」
というと、吉田はとても美味そうに十四代を二口ほど飲んでから、こう言った。

吉田が考える「農業と、教育と、医療」が次世代の国をつくる理由


「蒼生の考えを、もう少し洗練させて言い直してみるとだ、まず農業は『今日のご飯をどうするか?』ということだ。農業がなかったら、日本のみんながご飯が食べられないからな」
 そして焼き鳥の塩味を一口頬張りながら、
「次の教育は、『明日のご飯をどうするか?』ということだ。日本が将来、何を持って世界と国内の経済の中でお金を得て、食べていくのか、それを実現するためにどういうことが必要で、そのためにどのような人材が必要で、といった一連の国家百年の計を考えるには、頭が良くなければならない。そのためには、一定レベル以上の教育は必要だよね」
と言い終えたところで、さらに十四代を一口呑んだ。

「十四代、美味しそうですね。僕も頼んじゃおうかな・・・・・・」
「じゃあ十四代を二合頼もう。お姉さん、すいません、十四代のおかわりを二合で! あと、お猪口も一つ追加して!」
「は〜い!」
 若くて綺麗なバイトの女性への注文が終わったところで、吉田はちょっとだけ真面目な顔に戻った。

 そして、
「それで、医療だがな・・・・・・」
吉田は、ちょっとだけ間を空けて、言った。
「人間は、生まれた瞬間から医療にお世話になって生まれてくる。オギャアと生まれた瞬間、最初に触れるのは産科の医師や助産師の手で取り上げてもらう。大人になって、歳をとれば必ずどこかが具合悪くなる。怪我もする。がんにも、高血圧にもなる。いろんな病気になる。だから、治療を受ける。人間と医療者は密接に関わっているよね」
「はい、そうですね」
「そもそも人間は、長生きをしたい。病気を治療してほしい人は、いつの時代もたくさんいる。結局、人間というのは、生まれながらにして必ず医療を必要とするんだよ。人間は本質的に医療を求める。医療のニーズは途切れることはないんだよ。」

 吉田がそこまで言い終えたところで、さっきの綺麗なバイトの女性が
「お待たせしました。十四代の二合とお猪口一つですね。」
とお酒を運んできた。

 吉田に十四代をついでもらいながら、蒼生は
「農業も医療も教育も、ニーズだらけですね」
と言った。すると吉田はまたニヤニヤしながら、
「そうだよ、ニーズの塊でしかない。俺がもし桁違いの大金持ちだったら、農業も医療も教育も全部手掛けたいくらいだ。それを許すお金と時間がないから、今の仕事をやっているんだよな。」
と言い、またも十四代をふた口、グイッと呑んだ。

長生きするビジネスは、必ずニーズに応え続ける

「ビジネスでニーズに応え続けることって、事業を生きながらえさせるために絶対に必要ですよね」
「うん。ニーズの切れ目が、客との縁の切れ目、ビジネスの切れ目、だ。だから今回、蒼生と一緒に医療の世界で、IT技術を駆使しながら医療の社会課題を解決して、医療を一歩前進させることができたというのは、俺にとっても非常に意義深いことなんだ。」
「僕も、吉田さんとご一緒させていただいて、本当に良かったですし、嬉しいです。今日もお酒をご馳走してもらえるし」
「今日はダメ! 時間内に日本に必要な三つのことを答えられなかったから! あはははは!」
 吉田は、そこは抜かりないぞ、ダメなものはダメだぞと言わんばかりに笑った。
「ちぇっ、残念だなぁ」
と言いながらも、蒼生も、吉田とここまで一緒に医療の社会課題を解決できたことを誇りに感じていた。

 蒼生と吉田たちのアイディアから生まれた『従来ありそうでなかったアプローチ』で、社会課題を解決する。
 そのための具体的で効果的で、安価に実行可能な方法を具現化し、サービスとして提供し、しかるべき対価を得る。さらには、ITを日本国民の生活の質と利便性を劇的に向上させる社会インフラにまで整える。
 そういうことにチャレンジできたこと自体が、蒼生の人生に幸福感と充実感と生きている意味を実感させた。

(第二章へ続く)

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