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黄エビネが咲く庭で (第五章 父と母のひとときの儚い幸せ)

第五章 父と母のひとときの儚い幸せ

 退院後、蒼生の母の開口一番は
「ああ、やっぱり家はゆっくりできる」
だった。
 蒼生の父は、自宅で妻と他愛の無いこんな話ができることを心から喜んでいた。
 いつものように妻が作るご飯を食べ、妻と一緒に庭に咲くさまざまな花の手入れをし、休みの日には時折遠出をして、年に1回くらい県外に旅行に出掛けて・・・。
 そんな日がまた戻ってくると、蒼生の父は信じて疑わなかった。

 だが、現実にはそうはならなかった。
 蒼生の母の軽度認知障害が、蒼生の父を夢想の世界から現実へと引き戻した。
 
 退院してきてからの妻は、時折、非常にカッとしやすくなった。
 会話をしながらの食事中、蒼生の母は、夫が話した何気ない一言に激怒し、持っていたご飯茶碗を夫に投げつけたことが何度もあった。その都度、蒼生の父は
 「ごめんな・・・。」
と謝りながら、飛び散ったご飯を一粒一粒拾い集めて、ご飯茶碗と一緒に片付けた。自分の妻が、聞き分けのない幼子に戻ってしまったと、蒼生の父は悲しみに暮れた。
 主治医の説明から、妻はもう以前の聡明な女性ではなくなり、今後ますます認知障害が進んでいずれ認知症に至るであろうことがわかっている。蒼生の父は、現在の日本の医療でもどうにもならない病気があることに、自分の無力さと人の一生の無常を痛感した。

 蒼生の母本人は、自分が軽度認知障害であることは少しは分かっていたが、自分がどれくらいの速さでその認知障害が進行しているかを分かっていなかった。そして、自分が今何をしようとしていたのかをふとした瞬間に分からなくなることが、1日の中で何度も起こった。

 蒼生の母は軽度認知障害のまま、ご飯を作ろうと台所に立つこともあった。そして、ご飯を作っている最中、急に自分が何を作っているのかが分からなくなることがあった。
 肉じゃがを作ろうとしたときは、白出汁を1カップ入れるつもりで酢を1カップ入れてしまい、それをガスコンロで加熱したため、台所中が酢の香りで充満したこともあった。
 それに気がついた蒼生の父は、急いで台所のガスコンロの火を止め、妻の代わりに肉じゃがをはじめから作り直した。蒼生の父は、妻に台所を任せるのはもう無理だと感じた。

 だが、蒼生の母の『愛する主人のために料理を作りたい』という気持ちが失せることはなかった。その様子を見ていて、蒼生の父は、妻と一緒に台所に立つようにした。妻に料理を任せつつ、何か様子がおかしいと感じた時は、すぐにサポートした。
 軽度認知障害によって、妻が徐々に別人に変わっていってしまうが、そのことで蒼生の父は、以前よりも妻のそばにいることが増えた。それは、認知に支障がないときの蒼生の母にとっても、幸せを感じるひと時であった。

 蒼生の父は、妻と話している時、あることに気がついた。
 蒼生の母は、最近のことやこれからやろうとしていることをふと忘れてしまうことが多かったが、昔のことはかなり鮮明に覚えていて、会話が盛り上がることが多かった。
 このことに気がついた蒼生の父は、妻が好きだったテレビドラマの再放送を一緒に見たり、車で出かけるときに妻が好きな歌手のヒット曲を流したり、妻が一日を心地よく過ごせるようにした。蒼生の母は、好きな歌手の歌を曲に合わせて一緒に歌い、上機嫌で過ごすようになった。それを見聞きしているだけで、蒼生の父は心の底から嬉しかった。嬉しさのあまり、時折涙が出てきた。でもそれを妻に感じ取られないように、必死に隠した。認知機能障害が出ていない時の妻に自分が涙していることを見られたら、妻が
「もしかして、自分が主人を泣かせているのだろうか?」
と余計な心配をさせてしまうかもしれないと思ったのだ。
 蒼生の父は、それすらも妻に感じさせたくなかった。
 妻には
「いつもと変わらない。いつも通りの妻だ」
と、常に思ってもらいたかったのだ。

蒼生の母に忍び寄る影

 一方、蒼生の母の筋力は、3か月以上の入院生活によって、入院前に比べるとかなり落ちてしまっていた。蒼生の母は、安静にしている時間が圧倒的に長かったため、これはどうにもならないことだった。
 このような状況にならないように、入院後まもなく主治医は蒼生の母のリハビリを開始したのだが、リハビリの効果が出るよりも筋力が低下する方がはるかに速かった。

 そのため、退院後、蒼生の母が家の中を歩くときでも、ちょっとした段差に足を引っ掛けてしまい、転びそうになることが多かった。それを見ていた蒼生の父は、主治医からの
「転倒によって骨折してしまうと、寝たきりになってしまうリスクが高まる。そうなると認知障害がさらに急速に進行してしまう」
という説明を思い出し、妻が歩いて移動する時も片時も離れずに一緒に付き添った。トイレや入浴も、蒼生の父が全て妻を介助した。

 蒼生の母は元気な頃、温泉が大好きだった。毎日の入浴も欠かさずお湯を張った浴槽に入らなければ気が済まなかった。だから、入院中にほとんど入浴できなかったことが、本人にとって非常にストレスになっていた。
 退院後、自宅のお風呂に入浴するとき、介助してくれている蒼生の父に向かって
 「気持ちいい。幸せだ。最高だ」
と何度も繰り返して言っていた。妻の、その幸せそうな表情が蒼生の父にとってかけがえのない笑顔だった。二人は心の底から幸せを感じていた。

 ところが、退院後1か月ほどして、蒼生の母は茶の間で気持ち悪くなったと訴え、横になった。そして間も無く嘔吐した。
 蒼生の父はそれを見て只事ではないと瞬時に察知した。そしてすぐに救急車を呼んだ。そして蒼生の父も一緒に救急車に乗って病院に向かった。救急車が向かった先は、蒼生の母の手術の対応ができなかったA病院だった。

 救急車がA病院に到着後、蒼生の母は精密検査を受けた。意識は多少混濁していた。さまざまな検査の結果、蒼生の母は敗血症になっていたことが分かった。
 蒼生の父も母も、母が敗血症になった原因は分からなかった。だが、腎臓が弱ってしまって、血液を浄化させるために人工透析が必要な蒼生の母にとって、敗血症になったことは、命に関わる深刻な事態だった。
 敗血症は、感染が局所に留まらず、全身に炎症がおよんだ状態だ。敗血症が重症化すると、腎機能障害や意識障害などの臓器への障害の危険性が高まり、生命の危機に瀕する。蒼生の母にとっては、極めて危険な状態だった。

 蒼生の父は、A病院の救急救命医から、蒼生の母が敗血症であることを告げられた。そして、今後の治療をA病院で行ってもいいが、人工透析で通院しているC病院でも敗血症の治療ができるかもしれない、どちらで治療するかは蒼生の父が判断して決めてほしいと言われた。
 蒼生の父は、透析で通院していて、妻の病状を理解しているC病院での敗血症治療を希望した。

 程なく、蒼生の母はC病院に転院し、そのまま入院した。集中治療室に運ばれ、モニターやさまざまな医療機器に繋がれ、厳密な管理下で抗菌薬などのさまざまな医薬品を投与された。
 C病院の集中治療室の医療者の懸命な治療のおかげで、蒼生の母は一命を取り留めた。蒼生の母は、集中治療室にそのまま入院することになった。自宅で嘔吐してから2日が経過していた。

 蒼生の母は、一旦は回復の兆しを見せたものの、かねてからの人工透析に悪影響が出た。敗血症の影響で腎臓にも炎症が起こり、回復が遅れた。さらに、蒼生の母の心臓も弱ってきて、透析の際に血管に注射すると血圧が急激に低下してしまい、蒼生の母の心臓が血液を全身に送ることができなくなってしまっていた。蒼生の母は、人工透析が必要であるにも関わらず、人工透析ができなくなっていたのだ。
 蒼生の母は、以前の入院生活で筋肉が落ちてしまっていたため、今回の入院後は自分でベッドの上で寝返ることもできなくなっていた。
 会話も思うようにできなくなった。看護師が話しかけると、か細い声で一言二言簡単に言葉を返すだけだった。

 この状況に、C病院の医師も看護師も、施せる治療がほとんどない状態になってしまっていた。できることといえば、食事で栄養を補給することと、寝返りを介助するすることくらいだった。
 この状況に、蒼生の母を担当する看護師は、ただ悔し涙を堪えるだけだった。

懸命に生きる母、懸命に支える父

 母の再入院以降、蒼生の父は再び毎日病院にお見舞いに行った。相変わらず、新型コロナによって病院への訪問が規制されていて、患者の家族であっても患者に会えない状況だった。しかし、蒼生の父だけは、母に会うことができた。
 蒼生の母は看護師による食事の補助を受け付けず、何も食べないため、看護師が困っていた。ところが、蒼生の父が、妻が入院している集中治療室の隣のナースステーションに入院の書類を持って行ったところ、蒼生の母はその様子を見つけ、むくっと起き上がり、主人を呼んだ。自分が入院している部屋に入ってきて、話をしたかったのだ。

 その様子を見ていた父と看護師は、
「自分(主人)が見舞いに来れば、妻は元気になるのではないか」
と思った。
 そこで看護師は、父に
「奥さんは、私たち看護師が食事を食べさせようとしても全く食べない。もし差し支えなかったら、奥さんに食事を食べさせてもらえないか?」
と頼んでみた。

 父は、看護師と同じように、厳重な感染対策の防護服を着て、妻が入院している集中治療室に入った。そして、ベッドの枕元に置かれていた食事を一口、スプーンにすくって妻の口元に運んだ。

 妻は、それを食べた。そして咀嚼しながら微笑んだ。
 
 蒼生の母は、看護師が食べさせようしても絶対に食べなかったが、夫が食事を介助するとその時だけは食べた。軽度認知障害があっても、自分の愛する夫が来たことは分かるのだった。そして、蒼生の父に甘えた。
 
 この様子を見ていた看護師はすぐに主治医と相談し、蒼生の母の食事の時だけでも、蒼生の父に病院に見舞いに来てもらえるようにできないかを相談した。蒼生の母の食事がどんどん細くなっていることを知っていた主治医は少し考え、蒼生の父が病院に来ることを了承した。そして、蒼生の父が来院できるように院長をはじめ関係各所に連絡し、承認を取り付けた。

 こうして蒼生の父は、毎日病院に来ることを認められた。面会時間は妻の食事の時間の15分のみ、院内に入る際には医療者と同様に厳重な感染対策をした上でのことだった。
 その15分のためだけに、蒼生の父は毎日病院に通った。
 
 蒼生の父は毎日、妻の病室に入り、食事を食べさせた。
 妻は日に日に弱っていて、食事は毎回スプーンで数杯食べる程度だった。だが妻は、美味しそうにゆっくり咀嚼して、食事を摂った。
 だが、食べる量はなかなか増えなかった。むしろ、徐々に食が細まっていくばかりだった。
 また、飲み物は、腎臓が弱っているために、口の中を湿らせる程度しか摂らせられなかった。そのためか、皮膚や爪はカサカサしていて、潤いが失われていた。
 蒼生の父は、
「妻は喉が渇いているのではないか?なぜ飲み物を飲ませられないのか?」
と看護師に尋ねた。
 それに対し、看護師は今の妻の状況では人工透析ができないことと、入院直後は点滴もしたがあっという間に蒼生の母の体が浮腫んでしまい彼女が苦しくなってしまうことを説明した。それが、看護師にできる精一杯の対応だった。
 看護師は、また悔しさのあまり、目に涙が浮かんでくるのだった。
 必死に涙を堪えて妻の病状を説明する看護師の姿を見て、蒼生の父は、それ以上何も言えなかった。
 「いつも一生懸命に看護してくれて、ありがとうな。面倒をかけてますね」
 懸命な看護をしてくれている看護師に対して、感謝こそすれ、憤懣やる方ない思いを看護師にぶつけることは、蒼生の父はしなかった。それをしたところで、何一つ状況は好転しないことは分かりきっていた。そして医療者に全てを委ねることしかできない自分を不甲斐なく感じていた。
 約束の15分が過ぎた。

 蒼生の父は、退室せざるを得なかった。
「また明日来るからな」
 妻にそう告げて、蒼生の父は病室を出た。

 その父の後ろ姿を見て、看護師は堪えきれず、とうとう嗚咽してしまった。その様子を見ていた病棟の看護師長や他の看護師たちも声を出さずに咽び泣いていた。

 いよいよ、その時が迫ってきていた。

(第六章に続く)


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