レポート:発売前先行開催!アクティブ・ブック・ダイアローグ®︎で読む『ビジョンプロセシング―ゴールセッティングの呪縛から脱却し「今、ここにある未来」を解き放つ』
今回は、中土井僚著 『ビジョンプロセシング―ゴールセッティングの呪縛から脱却し「今、ここにある未来」を解き放つ』を扱ったオンライン読書会のレポートです。
今回の読書会は、著者である中土井僚さん・出版社である英治出版協力のもと、出版前の原稿をご提供いただき、株式会社コパイロツトに所属するABD認定ファシリテーターの長谷部可奈さんが主催された特別企画です。
なお、本書『ビジョンプロセシング』について、中土井僚さんご自身が紹介する5分程度の短めの動画も公開されています。
書籍を読み進めるための勘所を掴むには、こちらも参考にご覧いただくのが良いかもしれません。(実際に今回の読書会でもこの動画が理解の助けになったという声もありました)
以下、今回の読書会を通じて得た学びや印象的だったポイントなどについてまとめたいと思います。
現代の不確実性・複雑性をいかに捉えるか?
本書はビジョンプロセシングの本題に入る前に、中土井さんの以下のような問いから始まりました。
「現代は環境の変化が激しい時代である」とはよく表現されるものの、一般化したこの表現について改めて問われた時、私たちはその本質をうまく捉えられていないと気づくかもしれません。
本書の冒頭は、VUCAやカネヴィンフレームワークといった概念を紐解き、現代を生きる私たちが置かれている状況を丁寧に言語化することからスタートしています。
VUCA
VUCAは、Volatility(変動性)、Uncertainty(不確実性)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性)の頭文字を並べた用語であり、不安定で不確実、複雑で曖昧な社会情勢を意味するものです。
元々は1987年にウォーレン・ベニス(Warren Bennis)とバート・ナナス(Burt Nanus)の戦略的リーダーシップ理論から、アメリカ陸軍士官学校のカリキュラムにて初めて使われた用語でした。
1987年当時は冷戦終結以降の、軍事的・経済的・社会的に不安定で不確実、複雑で曖昧な多国間世界をイメージする必要がありましたが、現在ではビジネスの領域においてネットワーク化とグローバル化、技術革新に伴う流動性、変動性の高い社会を指してVUCAと表現されるようになりました。
では、環境変化が激しいことで何がどうなるのでしょうか?
中土井さんは『ビジョンプロセシング』の中で以下のように表現されています。
カネヴィンフレームワーク(Cynefin Framework)
カネヴィンフレームワーク(Cynefin Framework)は、ウェールズの経営コンサルタント、複雑性科学の研究者であるデイヴ・スノーデン氏(Dave Snowden)らによって開発された、世界の物事の捉え方に関するフレームワークです。
中土井さんは「秩序の有無」という観点から、環境変化の激しさについて紐解く参考になるフレームワークと紹介されていました。
カネヴィン(Cynefin)とは、ウェールズ語で「生息場所」「自分の居場所であるという感覚」などを表す言葉であり、カネヴィンは日本語表記でクネビンとされる場合もあります。
カネヴィンフレームワーク(Cynefin Framework)は、自分を取り巻く環境や全く新しい問題に直面した際、これまでにない複雑な状況に突入した際などに適切に状況を把握し、課題解決に向けて最適なアプローチを選択するための5つの領域に関する知見を提供してくれます。
5つの領域とは自明系、煩雑系、複合系、混沌系、混迷で構成され、それぞれの領域において特有の状況とそれに対して効果的なアプローチが異なります。
以下、5つの領域について簡潔に紹介します。
ゴールセッティングからビジョンプロセシングへ
現在の私たちは、自然災害や人口減少、さらにはグローバル超競争や地政学的リスクといった要因によってカネヴィンフレームワークでいうところの非秩序系(複雑-カオス)に否応なく放り込まれてしまい、そこではPDCAなどに代表される計画に基づいたプロセスは限界を抱えやすくなります。
そして、計画ではなく「まず、行動」の姿勢も必要となります。
また、次々と降りかかってくる「想定外」「記録的」「甚大な影響」
といった表現で形容される外部環境や、重要かつ緊急の課題に取り組んでいるだけでは、何かを創造することにリソースを充てることができず、いずれ「火消し自滅」に陥ってしまいます。
ビジョンプロセシング(Vision Processing)は、上記のような状況下において、「未来との向き合い方」をアップデートする必要性から生まれてきました。
秩序系(自明-煩雑)で有効であった従来型のゴールセッティング(目標設定:Goal Setting)における「未来との向き合い方」は、計画された現在からの延長線上の結果として定め、手に入れようとする姿勢と言えます。
一方、ビジョンプロセシング(Vision Processing)は、「今、この瞬間に自らを沸き立たせる未来をプロセスとして生き続ける姿勢」に基づいたアプローチです。
ビジョンプロセシングとは?
ビジョンプロセシングの定義
以上、ビジョンプロセシングの前提を見てきました。
ビジョンプロセシングは中土井さんによる造語であり、本書中では以下のような端的な定義が紹介されています。
秩序系は環境・状況のコントロールが容易であるためやり方(How)の洗練によって対処できますが、VUCAな非秩序系ではやり方(How)の洗練はもちろん、「まず行動」に起こすための「姿勢」、「未来との向き合い方」のパラダイムシフトが必要となります。
そのためには、自分自身の「姿勢」「あり方」に影響する目に見えない領域(認知・思考・文化の領域:国際情勢から組織・部署間の混乱・軋轢、夫婦関係、親子関係まで影響する)も含めて変化の対象となりますが、目に見えない領域には扱いづらい厄介な特性が存在します。
このため、ゴールセッティングと比較して、ビジョンプロセシングは実践が難しくなります。
それでも、ビジョンプロセシングを実践に移せるようになることで、「いつ何時であっても可能性の未来を見据え、何度くじけようとも何度でも立ち上がり、力を合わせながら、創造のための試行錯誤をし続けられるようになる」という状態に近づくことができます。
ビジョンプロセシングの土台
本書中にて、ビジョンプロセシングの核となる原理の土台になっている言葉として、以下の言葉が紹介されています。
この言葉は「学習する組織(Learning Organization)」という経営・マネジメントコンセプトの提唱者であるピーター・M・センゲ(Peter M, Senge)によるものであり、『ビジョンプロセシング』著者である中土井さんのこれまでの実践が深く関わっています。
以下、ビジョンプロセシングの実践にも深く関わる「学習する組織(Learning Organization)」、「U理論(Theory U)」についても簡単に紹介します。
「学習する組織」と「U理論」
『学習する組織(Learning Organization)』とは、1990年にマサチューセッツ工科大学のピーター・M・センゲ(Peter M, Senge)が発表した『The Fifth Discipline The Art and Practice of The Learning Organization』によって広く知られるようになった経営、マネジメントにおけるコンセプトです。
ピーター・M・センゲの『学習する組織』にはまず、『現在のマネジメントの一般的な体系は組織本来の潜在能力を発揮するのではなく、凡庸な結果を生み出してしまう。それは、今日優れた業績を上げているとされる大企業であってもそうなのではないか?』という問いがあります。
マネジメントの一般的体系を支えている今日の組織の設計、管理の仕方、人々の仕事の定め方、教えてこられた考え方や相互作用のあり方は7つの学習障害(learning disabilities)を生み出し、この学習障害を理解するところから、『学習する組織』へと変容していく旅路が始まります。
そして、7つの障害を治癒し、『学習する組織』へと変容するための5つの中核的なディシプリン(The Fifth Discipline)とは以下の要素を指します。
『U理論(Theory U)』とは、2000年にマサチューセッツ工科大学のC.オットー・シャーマー(C.Otto Sharmer)が発表した論文『Presencing: Learning From the Future As It Emerges』の中で初めて紹介されたプレゼンシング(Presencing)という概念及びプロセスを体系化した理論です。
オットー・シャーマー及び彼の同僚は「あなたの仕事で1番大事な問いは何ですか」という問いから始まるインタビューを学者、起業家、ビジネスパーソン、発明家、科学者、教育者、芸術家など約130名の革新的なリーダーたちに対して行う研究を行いました。
そしてその研究から、繰り返されてきた過去のパターンの延長線上ではない変容・イノベーションを、個人・組織・コミュニティ・社会といったさまざまなレベルで起こすための原理と実践法について明示したU理論(Theory U)が生まれました。
『ビジョンプロセシング』著者・中土井さんは、2005年にU理論に初めて出会って以降、2010年の『U理論―過去や偏見にとらわれず、本当に必要な「変化」を生み出す技術』、2019年の『U理論[エッセンシャル版]―人と組織のあり方を根本から問い直し、新たな未来を創造する』の邦訳出版や、クライアント企業への「U理論」及び「学習する組織」の実践の支援を行ってきた方でもあります。
中土井さんはまた、組織学習協会(SoL:Society for Organizational Learning)の共同創設者であり、複数のプロジェクトを協働してきた同僚であるピーター・センゲ、オットー・シャーマーの両名の世界観は共通している部分も多く、『学習する組織』と『U理論』の親和性も高いと『ビジョンプロセシング』の中でも紹介されています。
共通する世界観の一端として、ピーター・センゲとオットー・シャーマーは今日の組織や団体のリーダーが直面している複雑な状況について、3種類の複雑性を挙げています。
これらの複雑性が単独ではなく、複数が絡み合うことで未来が困難な状況が生まれている、というものです。
「学習する組織」および「U理論」の発見に連なる組織学習の歩みについては、以下もご覧ください。
ビジョンプロセシングのめざすものとは?
ビジョンプロセシングの土台となっているピーター・M・センゲの言葉から、私たちは創造することと問題を処理することの違いを意識することができるようになりました。
そしてビジョンプロセシングとは、対処療法に陥りがちな「〈望んでいないこと〉を取り除こうとすること」に嵌まり込むことなく、問題の真因の解決や創造につながる「〈本当に大切にしていること〉を存在させようとする」ことで、一人ひとりの主体性や創造性が継続的に引き出され、持続的な創造へつなげていくための姿勢であり、実践と言えそうです。
ビジョンプロセシングについてさらに詳しくは、ぜひ書籍をご覧ください。
また、本書の出版に際しての裏話の一部が、中土井さんのnoteにて紹介されています。よろしければ、こちらもご覧ください。
アクティブ・ブック・ダイアローグ®︎(ABD)とは?
アクティブ・ブック・ダイアローグ®︎の概要
現在、Active Book Dialogueの頭文字を取ってABDの愛称で親しまれているアクティブ・ブック・ダイアローグ®︎は、ファシリテーションの技法・哲学を読書会に活かす形で生まれた新しい読書手法です。
一冊の本を複数人の参加者同士で分担して読み、要約し、プレゼン発表を行なった後、パワフルな問いをもとに対話を進めるという、参加型ワークショップ的な進め方が特徴です。
現在のABDの原型は2013年、現・一般社団法人アクティブ・ブック・ダイアローグ協会代表の竹ノ内壮太郎さんがエドワード・デシ『人を伸ばす力―内発と自律のすすめ』の読書会を継続的に実施している際に、参加者の間でより生成的な学びを生み出していくためにさまざまな試行錯誤を続ける中で生まれたと言います。
一般社団法人アクティブ・ブック・ダイアローグ協会は、このABDという読書法を通じて『草の根の集合的な学びの広がり』と『書籍の叡智を誰もが分かち合い、対話し、繋がりあえる未来』を実現していくために設立されました。
現在は、今回実施する認定講座の実施の他、出版社や大学など様々なセクターとの協働、ABDに関する情報提供、書籍への寄稿などを行っています。
どのような場面で活用されているか?
アクティブ・ブック・ダイアローグ協会は2017年、ABDの実施方法についてのマニュアルの無料公開を開始しました。以降、現在に至るまでさまざまな場所で実施事例が報告・紹介されています。
大学のゼミ活動・研修会、中学・高校の国語や総合学習の授業、まちづくり現場での勉強会、有志の読書会など、全国各地で新しい学びや読書の体験として受け入れられられている他、最近では企業内での研修・勉強会の場に応用し、共通体験を通したチームビルディングや共通言語作りといった目的でも実施されています。
さらに、近年のコロナ禍においてオンラインでのコミュニケーションおよび学びの場づくり、ワークショップ実施の需要が高まったことから、対面だけではなく、オンライン上でABDを実施する事例も増えてきました。
ABDに関するお問合せ等は、こちらをご覧ください。
今回のABDのプログラム構成
ABDはその目的、選書、参加者の集まり方、活用できる時間などにより、さまざまなバリエーションの実施方法が存在します。
今回のプログラムは以下のように構成されていました。
チェックイン(小グループ×3回)
リレープレゼン(3〜4人ごとに1分ブレイク)
ギャラリーウォーク(ペアになって感想共有)
ダイアログ(小グループ)
チェックアウト(感想をチャット共有)
今回、扱った範囲は『はじめに』『コラム』『結びに代えて』を除く『ビジョンプロセシング』丸1冊分。
書籍の購入と担当部分のまとめを当日までにGoogleスライドに入力しておき、サマライズ(読み込みと要約)を事前に終わらせておくスタイルで実施されました。
以下、参加者の皆さんがダイアログの中で扱われたテーマや話題についても抜粋して紹介できればと思います。
対話の中で扱われたテーマや視点
明治時代もVUCAだった!?
ペアでの対話・ギャラリーウォークで印象的だったテーマは、「明治時代の日本もVUCAと言えるような状況だったのではないか?」という投げかけです。
思えば、当時の日本も黒船来航以来、主義思想の乱立や新たな政治体制の確立など、さまざまな変化に晒される時代でした。
現在の状況を理解する上で、過去の出来事や歴史に目を向けて捉えることは流行の傾向やパターンを掴むことに役立ちます。
また、後ほどの対話の時間では「ルネサンスもそうですよね」など、環境変化の激しい時代は同時に、華やかな時代でもあるのではないか?という意見も出てきました。
ビジョンプロセシング実践法としてのSOUNDメソッド
グループ対話の中でまず話題に上がったのは、ビジョンプロセシング実践法としてのSOUNDメソッド®︎についてでした。
SOUNDメソッド®︎とは、OODAループの「機敏性」とUプロセス(U理論)の「深さ」を統合することで生まれた方法論であると紹介されており、今回のABDでもSOUNDメソッド®︎に触れたことがある方、実践者の方もいらっしゃいました。
既にSOUNDメソッド®︎に触れたことがある方にとっては、「本書を読み込むことでSOUNDメソッド®︎の背景にある世界観、理論の理解が進んだ」とのことで、「新しく興味が出てきた」という声も続々上がっていました。
なお、SOUNDメソッド®︎のコーチ養成プログラムも来月予定されていると、別の参加者の方からもご紹介いただくことができました。
ケン・ウィルバーのインテグラル理論
グループ対話の中では、ケン・ウィルバー(Ken Wilber)が提唱した『インテグラル理論(Integral Theory)』も話題に上がりました。
アメリカ・コロラド州に拠点を置く思想家であるケン・ウィルバーは、便宜的な一般化(orienting generalization)の法則に基づいて、この世界に存在する多種多様な情報(そして、情報を創造するための方法論)を4つの領域に整理・分類しています。
California Institute of Integral Studiesにてインテグラル理論に関する研究に取り組み、国内で啓蒙活動をされている一般社団法人Integral Vision & Practice代表理事・鈴木規夫さんは、インテグラル理論の前提・世界観について以下のように述べています。
4つの領域とは、内面(interior)か外面(exterior)か、個(individual)か集合(collective)かという2軸で分けられた四象限の各領域を指します。
インテグラル理論によれば、私たちが経験することになる、ありとあらゆる状況や課題には、これら4つの領域が内包されており、4つの領域を検討した上で、4つすべての領域に働きかけることが重要です。
グループでの対話の中では、カネヴィンフレームワークとはまた別の現実認識のフレームワークとして考えられるという点や、自分が普段、得意としている四象限のフィールドから抜け出しこと、そして、不得意とする象限や他者が得意とする象限のモノの見方に寄り添うことも大事ではないか、という話がありました。
お土産に持って帰りたいスライドは?
最後、ある参加者の方が熱を持ってお話しされていたのが、グループ対話の中であったという『今日の学びとして、お土産に持って帰りたいスライドとは?』という問いかけがあったというお話です。
今回のABD読書会は、550ページ以上に及ぶ大作を2時間程度で一気に読み進め、対話するという機会となったため、参加者の皆さんの中では「一度にすべてを学んで持って帰ることは難しい」「何か気づいたこと、気になったことを1つ、持って帰ろう」という意識が共有されていました。
最後、チェックアウトの際にも参加者の方が一人ひとりチャットでコメントを残されていましたが、私にとっては、このレポート自体が先日の場から持って帰った学びとなります。
気づけばなかなかの文章量となりましたが、それでも『ビジョンプロセシング』の全体像や当日に交わされた対話の内容からすると、ほんの一部です。
ビジョンプロセシングについてさらに詳しく知りたいという方は、ぜひ書籍をご覧ください。
今回、発売前の読書会という貴重な機会を作ってくださったファシリテーターの長谷部可奈さん、出版社である英治出版の皆さん、そして著者である中土井僚さんに改めて感謝申し上げます。
私自身も本書が発売となった際は、より多くの方と「いかに本書の内容を自身の現場で実践していけるか」について対話していければと思います。