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noteを書き始めてから半年、今思うこと。

2021年の始まり、新鮮な気持ちで初めてのnoteを書いた。

誰しもにとって特別だった、いや、図らずも特別になってしまった2020年。
自分自身を知るために、思い切って仕事を辞めた2020年。

「あの日常が取り戻せるかもしれない」と心躍ったし、新たな環境や人生のスタートにワクワクもした。そんな自分の人生や気持ちを、文章として残していくと決意もした。

しかし、思い通りにはいかなかった。

日常はそう簡単には取り戻せなかったし、自分のやりたいことはいつまで経っても分からないし、noteも続かなかった。

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何かを始める時、いつもそこにはワクワクや希望、光があった。

誰かの照らす光を目掛けてがむしゃらに進んだ時期もあったし、自分自身で何とか光を生み出して進んだ時期もあった。

時には、真っ暗闇の中を進んでいる気がして、逃げ出したくなった時もあった。光なんてどこにもないと諦めたくなる時もあった。

光を見つけては消えて、消えてはまた見つけて。

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安定したようで、不安定な1年だった。

自分を取り巻く環境も、自分自身の気持ちも。

けれど、そんなありのままを映し出していたのは、いつも自分の書く文章だった。

良い時も悪い時も、うまくいっている時もうまくいかない時も、とにかく毎日書き続けた。

自分の気持ちをありのままに表現できない時もあった。文章ですら正直になれない自分に苛立ちを覚えたり、何とか誤魔化して書いたりもした。

それもこれも含めて、ありのままを映し出していた。

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文章に費やす時間を、無駄だと思うことも多々あった。

書けない時、余計に自分の気持ちが分からなくなって、書けない自分に自己嫌悪した。書こうとすると自分と向き合ってしまうから、いっそ書くのを辞めれば自分と向き合わなくて済むと考えた時もあった。

それでも書き続けた、書き続けることができた。

それは、書き続けた先の“光”を見ていたからかもしれない。

今この瞬間のありのままの自分を映し出す文章は、未来の自分に繋がっている、そんな光を見ていた。

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文章を書き続けていなかったら、それはそれで幸せだったかもしれない。きっと、目の前のことにがむしゃらになれていただろう。

「人生のモヤモヤや葛藤を題材に書く」とプロフィールにも書いているけれど、こうして書き続けられているのは、モヤモヤや葛藤が尽きないからだ。

皮肉にも、書けば書くほどモヤモヤや葛藤が増え続けている。

まさにこの実感が、今の自分に必要な実感だったと思うし、未来の自分の糧になると信じている。きっと、そんな光を見ていたからこうして書き続けられている。


この半年間に書き溜めたnoteが、自分の人生そのものだ。

決して思い通りにいかなかった2021年だったけれど、いつもnoteが寄り添ってくれた。

これから書く文章も、自分の人生そのものになる。

どんな文章を書くのか、すなわち“どんな人生を歩んでいくのか”、希望と期待を持ち続けていたい。

そんな“光”がある限り、まだまだ書き続けると思う。

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