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主人公の殺人は許される?「SPY×FAMILY」

「SPY×FAMILY」第33話は非常に興味深かった。
このところ日常系コメディになっていた本作だが、今やっている豪華客船編は、アーニャ+ロイドのコメディパートとヨルのシリアスパートが並行して進行していく形になっており、その緩急のつけ方が実に見事である。
特に重要なのが、シリアスパートの方だ。
もともとヨルの本職は殺し屋であって、その人生自体はかなりシリアスである。
その天然さゆえ、普段は全くそれを感じさせないことがむしろ異常である。

この豪華客船編では、遂にヨルが「なぜ自分は殺し屋の仕事を続けているのか」という核心に踏み込んでしまった。
最初は「弟を養う為」という現実的な動機だったようだが、今は弟も立派に成人して独立し、その動機は既に消えている。
次に、ヨルの頭に浮かんだのは「お国の為」。
これは初めて明らかになった事実だが、どうやらガーデンという組織は政府と繋がっているようだ。
ただし国家保安局のようなオモテの組織とはまた別物で、要は政府の中でもいくつかの派閥があるということだろう。
そしてそれら派閥は、各々に闇の組織を持っている。
今回、ヨルが護衛してる要人を狙う勢力は「主戦派に取り入ろうとしてる」という言及があったところを見るに、おそらくガーデンが繋がっているのはその逆の非主戦派。
つまり今回のバトルの構図は、主戦派vs非主戦派の代理戦争ということだ。

このヨルのケダモノっぽい描写は、単なるコメディ的デフォルメではないと感じる

もはやこういう構図になると、どちらが正義でどちらが悪ということではない。
単なる内戦である。
ただしヨルは政治に疎く、そういう大義で動いてるわけじゃない。
今回はっきりと思い出された彼女本来のモチベとは、「理不尽への怒り」だったんだ。
それは、戦争そのものへの怒りと言い換えてもいいだろう。
ヨルには両親がおらず、肉親は弟のみ。
おそらく両親は戦争で亡くなったと推察できる。
コメディのオブラートで包んではいるものの、この作品の根底に流れているテーマは実に重く、そして暗い。

ヨルの上司「部長さん」は元軍人っぽい凄腕の殺し屋
敵の殺し屋もまた単なる殺人鬼ではなく、戦争に生み出された産物だろう

平和な日本で暮らしてる我々からすれば、「なぜ彼らは殺人という最終手段で物事を解決しようとするのか?」という疑問がどうしても生じてしまう。
リベラル思想の我々にとっては、【殺人=悪】だからね。
その理屈でいうとヨルは悪だし、ロイドも悪だ。
自衛の殺人ならまだしも、むしろ彼らは積極的に殺してるわけで。
ちなみに今回、ヨルはこういう発言をしている。

「人に刃を向ける者は、自らも向けられても文句は言えません。
もちろん私も」

そう、これが戦いのルールである。
戦争のルールと言い換えてもいい。
ゆえに非戦闘員を意味なく殺すことはルール違反であり、それは戦争だろうと罪として裁かれる。
じゃ、戦争そのものが罪かといえば、それは罪とはされていない。
戦争は、公式な解決手段と定義付けられている。
もちろん話し合いで穏便に解決するのが最優先だが、問題は解決できなかった時にどうするか、である。
解決には至らないことを理解しつつ、それでも話し合いを継続し、膠着状態を保って問題を先送りにするのがリベラル派のスタンス。
一方、先送りではなく問題の白黒をはっきりつける為、実力行使に出るのが主戦派のスタンス。
そう、どっちにも大義はあるんだよ。
特に欧州では昔から暴力による解決を公認していて、中世の「決闘」などはそうだろう。
決闘ではたとえ相手を殺しても、それは法的に罪とされない。
フェアな殺人は、アンフェアな殺人とは全くの別物という考え方だね。
何をもってフェアとするかは難しいところだけど。
ただ、この作品における主戦派は大義じゃなく、軍需産業で儲けることの方を主眼にしてるようで、そこが33話ではっきりしたと思う。
ある殺し屋が、こういう発言をしていた。

「頭古いぜ、兵隊さん。西側を見習えよ。カネは力なんだよ。
豊かになれば、みんなハッピーだろ」

そう、戦争は一定の層に対して富をもたらすわけさ。
一般市民が戦争被害に遭おうが、徴兵されようが、そんなのは知ったことではない。
いよいよ、「SPY×FAMILY」における悪役の輪郭が掴めてきた。
どうやらヨルの敵は軍需産業、およびその利権をたくらむ支配層のようだ。
彼らはロイドの組織にとっても敵であり、ここにきて西側諜報部とガーデン共闘のシナリオが見えてきたね。
となると、やはり極右政党総裁のデズモンド氏(ダミアンの父)がラスボスということになってしまうんだが、そんな単純なシナリオだろうか?
デズモンド氏が悪人というのは、どうもミスリードっぽいものを感じるし。
少なくとも息子のダミアンはめっちゃいい子で、彼にとっての悲劇的オチはいまいち「SPY×FAMILY」っぽさがない。
というか、このPOPな作風で大団円以外のオチを視聴者が納得するだろうか。

物語最大のキーマン・デズモンド氏は、実に捉えどころのない人物

いや、日本は暴力で物事を解決するのをヨシとしない文化であって、今までたくさん人を殺してきた人物に何のお咎めもなく大団円とさせはしないかもね。
ルフィがヒーローたりえるのは、彼があれほど暴力を使ったとしても殺人という一線だけは越えないからだ。
彼は怒っても「ぶっ殺す」と決して言わず、「ぶっ飛ばす」と言う。
事実、彼が倒してきた敵は大体が生きている。
カイドウだけはちょっと分からんが、彼のあの生命力を考えるとマグマの中でも生きてるだろう。
多分、ビッグマムも。
因果応報が国民的作品「ワンピース」の大原則であり、もしルフィが殺人者になれば必ずその報いを受けるだろう。
殺人というのは、それほどにデリケートな案件。
「SPY×FAMILY」はいくらコメディとはいえ、ロイドもヨルもあまりに人を殺しすぎている。
主人公特権として、無罪放免で済ます許容範囲を既に超えてる気がするね。
さあ、どういうオチをつけるんだ?
ちなみにこの作者の過去作では、主人公はそれなりの法の裁きを受けているらしい。
たとえ、それが任務だったとしても、だ。


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