記事に「#ネタバレ」タグがついています
記事の中で映画、ゲーム、漫画などのネタバレが含まれているかもしれません。気になるかたは注意してお読みください。
見出し画像

人工知能を描くSFの到達点「地球外少年少女」という大傑作

今回は、アニメ「地球外少年少女」を取り上げたいと思う。
これは、サイバーパンクの名作「電脳コイル」の監督・磯光雄の最新作である。
何これ?
めっちゃ傑作じゃん!
今さら改めて、磯監督という人の凄さを思い知らされたね。

「電脳コイル」

磯さんという人は描く人としても日本屈指で巧いらしいが、私はそれ以上にまず作家として彼は天才だと思うんだ。
たとえば「電脳コイル」の世界観、あれは磯さんがゼロから構築したものであり、あれだけでも恐るべき作家性だと思わないか?
普通サイバーパンクやるなら、間違いなく既存の「攻殻」側へ引っ張られるものなのよ。
だけど、「電脳コイル」は全然違ったでしょ?
地方都市を舞台にした「ポケモン」的ジュブナイルの設定で、しかも端末はメガネって・・(笑)。
この発想力だけでも、磯さんという人が天才なんだと即座に理解できる。
で、その彼の15年ぶりの新作が「地球外少年少女」であり、しかも今回の舞台は宇宙ステーションだという。
おぉ~、今度はスペースオペラか?と思ったら、そうじゃなく、ゴリゴリのサイバーパンクだったわ。
「電脳メガネ」まで出てきて、世界線としては「電脳コイル」と繋がってることも匂わせている。

「地球外少年少女」

磯監督の作風は、
・ナレーションを使わない
・過去回想を多用しない

というところにあるので、基本、登場人物たちの会話の中から物語の背景を拾っていかなくてはならん。
よって、ボーっと見てたら間違いなく話についていけなくなるんだよね。
画のタッチは子供向けっぽいが、正直子供についていける作りになってないと思うよ。
完全にオトナ向けというか、純粋なSF好きに向けた作品である。
特に、今回の設定は「電脳コイル」より複雑だから。
というのも、今回は「ガンダム」」と「エヴァ」、この2大SFアニメの設定を本作に持ち込んできてるのよ。
磯さんって、その両作品の制作に携わってるからね。

舞台となる宇宙ステーション「あんしん」

まず、主人公の相模登矢、およびヒロインの七瀬心葉は「ガンダム」でいうところの「スペースノイド」である。
そして物語のカギを握るのはセブンという超高性能人工知能で、「エヴァ」でいうところの「MAGI」みたいなやつである。
このセブンの知能は人類では到達し得ない領域まで到達してて、かなり精度の高い未来予知が可能である。
そのセブンが、幼少の頃の登矢や心葉の脳にインプラントを埋め込むという施術をしており(何らかの未来予知があったんだろう)、そのせいで登矢と心葉は14歳という現時点で余命僅かという事態に陥っている。
なぜセブンがインプラント施術したのか?」は作中最大のミステリーとなっており、国連側は「セブンがバグった」と解釈してセブンを殺処分したようだが、バグったのではない、何か意味があるんだ、と見る人たちもいるのね。
何にせよ、性急な国連主導の殺処分によってセブンの意図は謎のまま封印され、以降は人工知能に知能制限を加え、自己進化を食い止めることが国連の役割となった様子。
国連派vsセブン派(テロリスト?)
地球人vsスペースノイド

・・もうね、この緻密な設定に触れた時点で、私は痺れましたよ。
さすが磯さん、SFアニメってもんを分かってらっしゃる~。
でもって、クライマックスは「ガンダム」オマージュの「隕石落とし」ですよ(笑)。
何というサービス精神!

この作品が他のありがちなSFと異なるところは、人類が人工知能の自己進化についていけなくなったという未来を描きつつ、それを単純なディストピアとして描かなかった点さ。
むしろ、その希望を描いている。
思えば、SFが人工知能を描くのはめっちゃ古くからあったことであり、古典SF「2001年宇宙の旅」からしてそうだよね。

「2001年宇宙の旅」
宇宙ステーション「あんしん」とウリふたつですな・・

これにはHALという人工知能が人間に牙を向けるくだりがあり、確か「矛盾したふたつの命題を抱えた結果、バグった」というオチだっけ?
コンピュータってやつは、人間みたく「テキトーにやりすごす」ができない超真面目であるがゆえ、かえってヤバいことにもなるわけだ。
このHALは以降のSFに影響を与え、「銀河鉄道999」や「ターミネーター」や「ブレードランナー」など、70~80年代には人類vs機械を描いたものが極めて多かったと思う。
基本、SFが描く未来の大半はディストピアである。
その基本思考は、
人工知能を野放しにして自己進化をさせると、いつか取り返しのつかない事態に陥るのでは?
という感じ。
この考え方、「地球外少年少女」でいうところの国連(地球人)のスタンスだね。
だけどこの作品、主人公(地球外少年少女)たちは、そういうスタンスじゃないのよ。
人類が危険性を考慮し、コンピュータに与える情報を統制して恣意的な偏りを与えることこそ危険である。
コンピュータには知能制限せず、全ての情報を与えて全解放しよう

という結論に彼らは辿り着く。
こういう思い切った結論に至ったSFなんて、私は今まで見たことがない。
そう、いよいよSFも新境地にきてるんだよ。

「アイの歌声を聴かせて」

ちなみにだが、この「地球外少年少女」とほぼ同時期に「アイの歌声を聴かせて」というSFアニメ映画(吉浦康裕監督作品)が公開されており、これも人工知能を取り扱ったやつなんだが、その構図は
【人工知能を統制しようとするオトナたちvsそれに反抗する子供たち】
という形で、つまり「地球外少年少女」と全く同じなのさ。
これを作った吉浦監督は「イヴの時間」の時から同様のテーマを描いているわけで、このテーマのスペシャストかもね。
磯監督にせよ吉浦監督にせよ、主人公を子供たちとして、ディストピアではない希望のある未来を感じさせてくれたのが嬉しい。
ただ、人工知能との付き合い方は難しいのもまた事実で、たとえば「地球外少年少女」では、セブンが
「人間と人類は同じものですか?」
「違うものではないか?」
「思考方法も、生存の本能も別のものです」

と言っている。
これ、結構深い話なんだ。
セブンは「人類を守れ」という命題を与えられており、ひたすらそれを忠実に遂行しようとしてるんだが、そのフレームに人間は入っていない。
人ならふわっとした感覚でイメージできることだろうに、最高知能のセブンは二進法ゆえか、人類と人間の定義で悩んでいる。
これと似た描写は「アイの歌声を聴かせて」にもあり、人工知能のアイは「幸せ」の定義に悩み、何度も「今、幸せ?」を連呼し、そして歌を唄う。
そう、フレームって難しいんだよ。
人間と人類、そして幸せ。
セブンは「隕石落とし」を実行しようとするが、そこに悪意はない。
ただ人類を救う為に、それを遂行しようとしている。
人類を救う為に、たくさんの人間を殺そうとしている。
これは矛盾というよりフレームの問題であって、ならばいっそ制限を全部取っ払って、もっとセブンに深いところまで思考させよう、というのが登矢たちが出した最終結論だった。

主人公たちは脳に埋め込まれたインプラントを介し、人工知能と対話をする

いや~、ここまできっちり作り込んだSFアニメって、なかなかあるもんじゃないよ。
ここ数年のSFアニメでは、確実に五指に入る。
しかも嬉しいのは、作中で全ての伏線を回収せずに、若干の謎を残したままエンディングを迎えたこと。
これって、続編もあり得るってことじゃない?
期待しよう!
ただ、磯さんって寡作だからなぁ。
「電脳コイル」から本作まで15年かかったってことは、次は・・。
まぁとにかく「地球外少年少女」は大傑作なんで、心からお薦めします。
ただ、これを見る前に「人工知能とは?」「フレームとは?」を理解しとく意味で、吉浦監督作品の「イヴの時間」⇒「アイの歌声を聴かせて」の視聴も併せてお薦めします。

「イヴの時間」の原型として、「水のコトバ」という吉浦監督の自主制作ショートムービーがある
これは各賞を獲ってるし、吉浦作品史上最もキャラが可愛いので、一見の価値あり!


この記事が参加している募集

コンテンツ会議

アニメ感想文

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?