noteを始めて変わった90歳の母の奇跡を伝えなければ
私が毎朝リビングに降りていくと、90歳の母は楽しそうにイラストを描いています。それがほぼ毎日なのです。時には鼻歌を歌いながら、筆ペンを使って落書き帳に好きなイラストを描いています。
母はコロナ禍の間に、ビックリするくらいに元気になり、思考回路が10年以上若返っているようで、時折ジョークを飛ばしています。母が大きく変わったのは、noteに親子二人三脚ブログ「やまだのよもだブログ」を始めてからです。ブログを始めてから5か月、母の変化は目を見張るものがあります。
きっかけは、私の定年退職です。テレビ局の仕事に43年間携わっていた私は、退職を機に、長年のキャリアを生かしてフリーのアナウンサー活動をしたいと思っていました。しかしコロナ禍で身動きが取れなくなってしまい、自分の中に燃えるエネルギーをどこかに放出しなければとブログを始める事にしたのです。
いろいろ考えた末に、親子二人三脚ブログにすることにしました。それは、母が趣味として毎日俳句を詠み続けていたことと、日記にその日の出来事をイラストで添えている姿を見ていたからです。
私の文章投稿と母の俳句とイラストを紹介することが私たちのブログの柱になりました。
このことが母のこれまでの人生を大きく変えることになったのです。
親子二人三脚ブログを始めてから、母の表情が驚くほど変わってきました。母は生きることや創作することにとても意欲的になったのです。
誰かに見てもらえる、誰かに評価してもらえる、作品に関してコメントがもらえる、母の変化は私の想像をはるかに超えて、ブログ投稿は母の新たな生きがいになりました。
私は、母の変化をすぐ傍で見ていて、高齢化社会に光明を見た気がしました。たとえ90歳になっても、自己表現して、社会との関わりを持つことで大変身を遂げると言う事が分かったのです。
私がnoteに投稿し続けた5か月間で実感したSNSの力は半端ありません。
私は母とのブログ投稿の経験をもとに、高齢化社会におけるSNSの役割や可能性を、多くの人に伝えていきたいと思い始めました。
高齢者やその家族に安心な形で集まっていただいて、セミナーや講演活動をしたいと思っています。この経験を私はより多くの皆さんに伝える義務があるとさえ考えています。
コロナ禍を乗り越えながら、私の経験を生かして、お年寄りやその家族が生き生き生きてゆくための、種まき活動をしなければと思っています。
草花の芽吹きのように、春から少しずつでも動き始めようと思っています。
【毎日がバトル:山田家の女たち】
《あんたの年なら何でもやれるよ》
リビングで母と2人の投稿会議の中での会話です。
「ええんじゃない、何でもやっとうみや、あんたの年なら何でもできらい」
「今からやれるかなー」
「今までもやってきとると思うけど、ブログの中でも、しっかりアピールして、少しずつ動きはじめたらええと思うよ、今まで以上にこれからしっかり頑張ったらええよー」
母からも力強いコメントが聞けました。私は母の奇跡のような変化を絶対に多くの人に伝えていきます。
【ばあばの俳句】
夢成りて一歩踏み出す花日和
私たちのブログでの夢は少しずつ形になって花を付け始めました。これからはこの経験を携えて、より多くの人にこの素敵な体験を伝えていこうと思っています。
皆さんと共に大輪の花を咲かせるように、一歩一歩歩みを進めて、枝葉が伸びたたくましい木に育てていこうと思っています。
まずはこの春、一歩踏み出してみます。
▽この記事の中の「ばあばの俳句」「毎日がバトル:山田家の女たち」は毎日、音声配信しています。20時前後に発信している「フリートークでこんばんは」もお聞きいただければ嬉しいです。
今日もたくさんの記事の中から、私たち親子の「やまだのよもだブログ」にたどり着いてご覧いただきありがとうございます。
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私のアルバムの中の写真から
また明日お会いしましょう。💗
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