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ソフトスキルほどハードなスキルはない - Inner MBA 卒業論文

*この note は、とある IT 企業に務める 30 代の男が一風変わった米国のオンライン MBA を受講し、学びのまとめを卒論テイストで書いたものです。毎週の講義を記録した全 36 記事はプロフィール欄からご覧ください。English post.

はじめに: VUCA 時代の「心」の問題

2020-2021 年ほど、ビジネスパーソンが自分の「心」に向き合った時間はないだろう。ありとあらゆる種類のストレスを受けた 1 年半だった。パンデミックに端を発した激しい生活の変化。感染対策、在宅勤務、連続するビデオ会議、運動不足、同僚や友人とのカジュアルな会話の減少...等々。

流行りの VUCA という言葉を使うなら、今はこれ以上なく VUCA な時代と言える。

Volatility(変動性)、Uncertainty(不確実性)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性)

「パンデミックは、今ここにある危機とともに、長期にわたり国民のメンタルヘルスに甚大な影響を及ぼすことが予測される。このために、地域を基盤とした、強靱なメンタルヘルス対策をただちに講じる必要がある。日本がパンデミック被害から抜け出し、社会的、経済的回復にむけて動き出すときにも、国民のメンタルヘルスは変わらぬ重要問題であり続けるであろう」      有識者会議 HP より「メンタルヘルスへの影響と対応」

「Inner MBA 」とは何か

Inner MBA を知ったのは偶然で、昨夏にヨーロッパ人同僚から転送されたメールからだった。

A nine-month immersion program to train leaders, entrepreneurs, managers, and employees on how to powerfully grow themselves and their companies. (リーダー、起業家、マネージャー、従業員を育成するための 9 か月間の集中プログラム)  Inner MBA 体験記 #1「インナー?」より

Inner MBA はニューヨーク大学 (NYU) 内のマインドフルネス研究機関 MindfulNYU、ビジネス SNS の LinkedIn、ウェルビーイングの世界的サミット Wisdom 2.0、マルチメディア企業 Sounds True による共同運営プログラム。オンラインによる 9 ヶ月の履修で NYU から学位が認定される。

結局、私が Inner MBA の受講を決めた理由は主に 3 つだった。

1. 人間の「心」の問題への興味
2. 海外 MBA に対する漠然としたミーハー心
3. 英語で何かを勉強したいという語学モチベーション    Inner MBA 体験記 #1「インナー?」より

加えて、2021 年夏までは在宅勤務が続くよ、と会社から発表されていたことも大きい。要は大それた目的意識を持っていたわけではなく、かなりの部分は好奇心とタイミングで決めてしまったわけだが....。

Outer Game ⇄ Inner Game

Inner MBA の講師陣は脳神経学者、経済学者、マインドフルネス講師、禅師、合気道師範の心理学者、ウェルビーイング関連団体代表、アパレルブランド経営者、ベストセラー作家、グローバル IT 企業幹部、社会活動家、など多岐に渡る。

学習する領域は具体的に以下と示されている。

自己管理のスキル / 深く耳を傾け、確実にコミュニケーションする / 難しい会話を巧みにナビゲートする技術 / 違いを受け入れること / ブラインドスポットを発見する方法 / 本格的な職場コミュニティの構築 / 創造性を解放し、組織のクリエイティブインテリジェンスを加速する方法  (Inner MBA HP より)

通常の MBA が経営やマーケティングなど自分の外 (Outer) の世界を学ぶのに対して、Inner MBA では文字通り自分の内面 (Inner) について学ぶ。Inner MBA は学習と実践を通して、内省的なスキルを鍛えるための MBA ということになる。言い換えればソフトスキルの鍛錬だ。

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Inner MBA オンライン入学式の日、メインホストのひとりからの言葉が Inner MBA プログラムの理念を端的に表していた。

「ソフトスキルほどハードなスキルはない」

第1学期: 自分を知っているか?

9 ヶ月のうちの最初の 3 ヶ月、第 1 学期は自分を知ること =Self-Awareness がテーマとなった。自己の認識。自分自身を知らずして改善はできない、ということだ。では、「自分を知っている」とは一体どういうことなのか。

そこにたどり着く一つの手法がマインドフルネスである。マインドフルネスとは瞑想の一種で、実は Inner MBA の全学期を通して多くの時間がマインドフルネスの習得に割かれている。

1-a: データで知る「マインドレス」な現代人

マインド = 意識。この「意識」の存在が人間を人間たらしめている。そしてマインドフルな状態とは「いま、ここ、私」に意識が向いていること。その反対はマインドレスネスと呼ばれる。実際、多くの現代人はマインドレスに生きていることがデータとともに示されている。

例えば、人間は 1 秒に 11 ビットのデータを受け取っているが、意識できているのは 0.000...1% のみ。ほとんどが無意識のうちに処理されている。人間の 1 日のうち 90% 以上の行動は自動操縦モードで行われ、95% の思考は 1 日前と同じものである。1/3 以下の人しか、自分がいまどんな感情にあるのかすら説明できない。人間が過ごす日常の 約 50% の時間は意識が彷徨っている。#4 マインドフルネスをデータで語ろう

端的に言えば、マインドフルネスの目的は「自己の状態を認識し、集中力を高め、それを長時間キープすること」にある。

「マインドフルネスの実践により、高いレベルでの集中力を養う」 #4 マインドフルネスをデータで語ろう

1-b: ベース技術は全集中の呼吸

マインドレスな状態では、人間は幸福を感じることはできない。一方、「いま」に集中した状態 = プレゼンス状態に感じられる幸福度は、平常時の 2 倍にもなる。人間がプレゼンス状態にたどり着く最もシンプルかつ究極の方法は、呼吸である。

なぜなら、呼吸に意識を向けている瞬間は過去でも未来でもなく「いま(Present)」 だけを意識しているからだ。講義では以下 2 つの呼吸法が紹介された。

4-7-8 の呼吸 : 4 秒で吸って、7 秒止めて、8 秒で吐き出す方法
10-10 の呼吸 : 1 から 10 まで呼吸を数えた後、10 から 1 まで戻ってくる方法 #8 全集中の呼吸

このような呼吸をベースにした瞑想は、集中力を高め、幸福を感じやすい脳に作り変えるためのトレーニングとなる。しかも、その効果は蓄積する。

1-c: タイムトラベルする心

マインドフルネスを脳科学の観点から見てみよう。脳科学的には、注意力は大人になっても完全には完成せず、それどころか 25-35 歳をピークに下がっていくという。そんな注意力は 3 つの「システム」と呼ばれる性質を持つ。

1. フラッシュライト: カメラのストロボのように一箇所を照らすシステム。複数箇所を同時に照らすことはできない。脳科学的にはマルチタスクは不可能。人はタスクスイッチングをしているだけ。
2. アラート: 運転している時に見える道路標識のように、警戒サインを出すシステム。
3. ジャグラー: お手玉のように、ゴールとアクションが連動しているかマネジメントするシステム。全体を意識しながら個々のアクションを主導する。#11 タイムトラベルする心

このシステムにより脳は注意力を発揮し、均衡を保っている。一方、注意力が散漫になった状態ではフラッシュライトが「焦点を失い」、アラートが「誤作動し」、ジャグラーが「お手玉を落として」しまう。このような混乱は、ストレス状況下で起こる。

Amishi の行った実験では、被験者に人物の顔写真と風景写真をミックスして次々に見せた。そして人物なら男か女か、風景なら屋外か室内かをボタンを押して答えさせた。写真が写ってからボタンを押す反応が早いほど注意力が高い状態。次に、同じ被験者に対し、写真のセットから風景写真だけを不快な風景写真に変える(汚染された海や災害の写真など)。意図的にストレスを与えるわけだ。結果、風景写真だけでなく人物の写真に対しても反応時間は著しく遅くなった。ストレスは注意力を鈍らせる。そして、単純な作業でもミスを引き起こしやすくさせる。#11 タイムトラベルする心

もうひとつ、注意力をなくしている状態の代表例が「タイムトラベル」である。つまり、過去を思ったり未来を想像している状態。これは人間に特有の脳機能である。昔の嫌なことを反芻したり、この先に起こるかもしれない憂鬱なシナリオを想像したりする時、注意力は著しく低くなる。この時の脳は「いま」にフォーカスできていないからだ。

では、心の中で巻き戻したりや早送りしたりせず、「いま」のプレイボタンを押すにはどうしたら良いのか?そこでマインドフルネス / 瞑想のトレーニングが必要になる。

継続的なトレーニングによって注意力の衰えは遅らせることができる。これは筋力トレーニングの理屈と全く同じであり、マインドフルネスは別名「メンタルプッシュアップ」と呼ばれる。

第 1 期学期まとめ

・マインドフルネスによって自分の意識を正しく把握することから Inner MBA の実践は始まる。

・マインドフルネスは瞑想の一種であり「いま、ここ、私」に集中した状態を作るための技術。練習によって効果が高まる。

・「呼吸」がマインドフルネスのベース技術となる。マインドフルネスにより脳内の注意システムが正常に作動し、頭脳労働のパフォーマンスも上がる。

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第 2 学期: 対人関係をマインドフルにする

第 1 学期は自分に注意力を向ける方法を学んだ。次の 3 ヶ月は、注意力を相手に向ける方法を学んでいく。つまり、対人関係がテーマとなる。

2-a: 難しい会話を行うために

人間同士が交わる時、「感情」は無視できない。しかし、ビジネスシーンでは「感情」が切り離されて語られてきたのも事実である。

Dan: ワークライフバランスと言うが、脳は Work も Life も区別していない #12 存在の耐えられないエモさ
Dan: 25年前は「Emotion という言葉をビジネスの場で使うな」と言われた。25年後... いま、これだけ不確実な時代に 100 年後に向けて計画するというのはおすすめ出来ない。ただ、自分の感情をコントロールし、他人を思いやることがもっと重要になるだろう。#15 EQ とビジネス、そしてリーダーシップ
Jeremy :「プロフェッショナルの定義が変わった。昔は感情を排した人。今は(特にVUCA 時代においては)自他の感情を管理できる人
Dan :「情動的知性(Emotional Intelligence)があることがリーダーの条件。EI が高い組織の方がパフォーマンスも高い」#12 存在の耐えられないエモさ

マインドフルネスで自分の感情に気づけるように、「マインドフルな会話」を行うことで他人の感情にも敏感になり、難しい会話のシーンを主導できるようになる。

マインドフルな会話は、アクティブリスニング(傾聴)自己開示という技術の練習を通して身につけることができる。

2-b: 思いやりを技術として身につける

Inner MBA ではコンパッション(思いやり)という概念および、それを発揮する技術を学ぶ。ここでビジネスパーソンにとって重要なのは、単なる「共感」と「思いやり」を分けて使いこなすことである。

Jaqueline は Compassion = 思いやりを「意図のある共感」と定義する。部下に成長して欲しい(意図がある)から「今回は残念だったね、でもあなたに必要なのは...」と建設的な会話につなげれられる。これが思いやりだ。人は職場環境においても精神的なつながり求めており、それが仕事における幸福感につながる。そのためには、ただの共感ではなく、思いやりのある会話が役に立つ。#16 難しい会話を行うために

「意図」のみを先行させると人はエゴイズムに走ってしまう。しかし、コンパッションはエゴと対照的な「セルフレス」な態度から生まれるものである。セルフレスになると視野が広がり成長志向の考え方になる。また、以下のような興味深いデータもある。

会話の中で多くの「私 (I, My, Me, Mine) 」を使う人は、そうでない人に比べ高血圧、心疾患、そして死亡のリスクが高い。セルフレスになって、I の代わりに You を使おう。#16 難しい会話を行うために

さらに上級編として、「慈悲深さ」さえも練習によって身につけることができる。慈悲深さは他者だけでなく自らを幸福にするのにも役立つ。

思いやりや慈悲深さといった、生まれつきのように見える性格も、後天的なトレーニングによって身につけられるのだ。「いい人は作れる」。

2-c: 他者へのバイアスを最小化する

Inner MBA では、昨今叫ばれて久しいダイバーシティ (多様性) やインクルージョン (包括性) についての講義も多かった。相手に対して偏見を持った状態では、健全な人間関係を築くことは難しいからだ。しかし、人がこれらを生来的に体得することは難しい。

「身内」と「よそ者」- 最初に、「手に穴を開ける映像を見せる実験」のエピソードが紹介された。その映像を見せられた被験者は、実際に痛みを感じているように脳波が反応する。これを様々な人種のパターンで見せると、手に穴を開けられる人物が自分の人種に近いとき (In-Group) に脳波は顕著に反応することがわかった。それが太古から伝わる人間のプログラムなのだ。よそ者 (Out-Group) ではなく、身内 (In-Group) のグループに共感し、行動すること。人類の長い歴史の中では、この反応がもっとも生存に最適だった。ところが、この身内びいき的反応は、グローバルな繋がりの中で多様性が求められる現代に適しているとは言えない。我々はこのデフォルトプログラムをどうやって克服すればいいのだろうか? #23 善きサマリア人になるために
残念なお知らせとして、人間がバイアスを持たない方法はない。他者に対するカテゴライズ、ランク付け、先入観、は人間の脳のデフォルト設定である。グローバル化した社会の中では、異なるバックグラウンドを持つ人と接する機会がどんどん多くなる。よって、自動的に発動するバイアスをコントロールし、最小化することが必要なのだ (必ずしもなくなるとは言っていないのがポイント)。#26 部屋の中の象

実際、マインドフルネスはバイアスを最小化するひとつの手段になる。なぜならマインドフルネスの本質は Awareness、つまり自分の意識、感情、考えに気づくことにあるからだ。マインドフルネスによって自分の感情をテーブルの上に広げてみる。そして、そこから感情を「選択」する。感情は無条件に受け入れなければならないものではなく、アンガーマネジメントなどの訓練によって意図的に選べるようになるものだ。

自らの無意識のバイアスに気づき、相手の話を聞き、好奇心を持つこと。これが対人関係を向上させるファーストステップとなる。

"I don't like that man. I must get to know him better. (私はあの男が好きじゃない。もっと彼を知らなければいけない)" - エイブラハム・リンカーン #23 善きサマリア人になるために

第 2 期まとめ

・自分に対しても相手に対しても「感情」に気づき、取り扱うことがビジネスシーンでの難しい会話を上達させる。

・コンパッション / 思いやりはエゴを捨て、意図を持って共感する技術。練習によって身につけることができる。

・人間本来の無意識のバイアスが多様性の受容を妨げる。ただし、マインドフルな会話やコンパッションを身につけることでバイアスを最小化することができる。

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第 3 学期: コミュニティを構築するために

第 3 期はさらに学習範囲が広がった。最後の 3 ヶ月のテーマは「マインドフルなコミュニケーションを使って職場のコミュニティを構築すること」。

3-a: 「部屋の中の象」に触れること

コミュニティを構築するためにはリーダーシップが必要だ。Inner MBA では様々なタイプのリーダーが講師を勤めている。以下の引用は、エンプロという重工業大手の CEO、Steve Macadam の講義より。彼は元エンジニアであり、マッキンゼーや Harvard Business School を経由、経営者としても従業員数名から数百 - 数千名までの組織を率いた経験のある辣腕だ。

どのコミュニティにも Elephant in the room(部屋にいる象、触れてはいけない暗黙の話題の意味) が存在する。ただし、それは見て見ぬふりをするべきものではなく力を合わせて解決するものである。組織にとって、摩擦がないことが良いということにならない。リーダーの役割は「その問題にみんなで触れていい」という空気を作ること。#26 部屋の中の象

リーダーシップは「集団の中で一番偉くなり、指導する」ことではない。Steve はリーダーを「招集者」 と位置づける。招集者としてのリーダーの役割は以下だ。

・人々が集まるための文脈を作る、方向づける
・効果的な質問を通して、特定の問題 / 機会 / 論点に名前をつける
・聞く。主張したり、防御したり答えを提供したりはしない

上記の役割のもとにリーダーが人々を招集すると、そこには感情的な透明性が生まれる。この風通しの良さが「心理的安全性」に繋がる。心理的安全性とは、ただ仲良くするぬるま湯的なものではなく、お互いの多様性と能力を認めることによって生まれるものだ。

衝突や摩擦のあるコミュニティは、それがないコミュニティよりはるかに健全である。摩擦はなくすものではなく、解決するものだ。

3-b: リーダーに必要な注意力と EQ

マインドフルネスによって養われる「注意力」の鋭さはリーダーにこそ求められる。良いリーダーは自分だけでなく周りの人に注意を払い (Focus)、共感して繋がり (Connect)、感情的なバランスが取れている (Balance)。

一方、そうでないリーダーは衝動的であり、共感性がなく、気分屋で怒りやすい。これは、ダメなリーダーが何も人間として「劣っている」わけではなく、「注意力が枯渇」しているのだ。どのような組織でも良いリーダーは人に対する「センスがある」「見る目がある」「気がつく」という言い方がされているだろう。脳科学的に言えば、彼 / 彼女らは十分な注意力を持ち、周りに対して発揮しているといいうことだ。注意力を養うことは、リーダーにとっての通貨を貯める行為となる。#28 プラスチックの脳

世界中で 500 万部以上売れた『Emotional Intelligence』(邦題は『EQ - こころの知能指数』のため、ここでは EQ と表記) の著者 Daniel Goleman の講義でも EQ とリーダーシップの関係に触れている。

EQ を発揮するには順番がある。 1. Manage your self 2. Handle your relationship. 他の人をいきなりコントロールしようとしてはいけない。まずは自分の感情を管理し、自分のリアクションをコントロールする。#15 EQ とビジネス、そしてリーダーシップ
「良いリーダーは相手を取り巻く事実も感情も認識して、十分な共感を示す。その時、個人もチームも最大のパフォーマンスを発揮する」#12 存在の耐えられないエモさ

3-c: 大義に生きる

コミュニティの形成は他者とのつながりを作る代表的な例だ。また、コミュニティを始めることは、内省スキルの習熟においても大きな意味がある。

心理学者のマーティン・セリグマンは人生における幸せを以下のように定義している。

1.快楽の人生 - ロックスターのような高揚感をもたらす幸せ。維持するのが難しい。ひと口目のアイスは美味しいが 6 口目はそこまでではないように。
2.情熱の人生- フローとも呼ばれる。情熱を持ち、強烈に集中し、最高の仕事ができ、時間が瞬く間に過ぎていく。
3.意味の人生 -崇高な目標を持ち、自分にとって意味のあることや自分より大きな存在の一部となり、貢献し、奉仕すること。 #34 4つの柱

人間の幸福度に最も寄与するのは 3 つ目の「意味の人生」である。日本語的に言えば「大義」である。なお、快楽や情熱が劣るわけではなく、その 2 つが伴っていれば幸福度は最大となる。

コミュニティとは、多かれ少なかれ自分にとって意味があり、自分より大きな存在である。よって、高い目標のあるコミニュティに尽くすことは、自らの大きな幸福に繋がる。

第 3 期まとめ

・良いコミュニティはリーダーによって招集される。そこでは感情的な透明性のもとで、タブーのない健全な摩擦が生まれる。

・注意力を他者に向けることでリーダーシップが育まれる。リーダーが感情を管理し、EQ を発揮する組織では個人もチームもパフォーマンスが向上する。

・高い目標のあるコミュニティを構築し、それに尽くすことで人は最も幸福感を覚える。

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まとめ: 日本にウェルビーイングは根付くのか?

振り返ると、第 1 期が 「1= 自身との対話」、第 2 期が「1:1= 他者との対話」、第 3 期が「1:n = 不特定多数との対話」をテーマとしていた。

Inner MBA の良さはその体系的な学びのデザインにある。「Practice」という言葉が何度も講義に出てきたように、各技術は実践して始めて意味を持つ。期が進むごとに難易度が増すテーマ対して、生徒用ポータルサイトで講師陣への Q&A が可能だったり、同じタイムゾーンにいる生徒達との小規模クラスが用意されていた。私も毎週のオンライン通話で、クラスメイトたちとB学習進捗を報告しあい、脱落しないように頑張ることができた。

最後の本章ではプログラム全体を通した学びのまとめと、今後の課題を記しておきたい。

メンタル関連の言葉をとりまくバイアス

マインドフルネス、ウェルビーイング、ダイバーシティ、インクルージョン、ワークライフバランス... Inner MBA で登場したカタカナ語たちは、現在のビジネス環境でもしばしば聞かれる。ところが去年の私も含めて、その中身を理解し、継続的な活動として取り入れている個人や企業はまだ少ない*。

「なんとなく、良さそう」「意識したい(している)」などのポジティブな文脈で語られればまだ良い。しかし、このような新しいカタカナ語の常として、偏見 (バイアス) ゆえの辛辣な意見がぶつけられることもある。「ただの流行でしょ」「耳障りはいいけどね」「もともと余裕がある人 (企業) だからやるんだよ」。もっとひどいと「暇だね」「怪しい」とすら...。

直近では大坂なおみ選手のニュースに象徴されるように、日本ではメンタルの問題を語ったり公にすることがタブーとされてきた影響が色濃いと思われる。また、瞑想 = 宗教というイメージも根強いのかもしれない。

実を言うと、上記のネガティブバイアスは何より自分自身の中にあった。ある意味、今回の Inner MBA は、自身のバイアスに対する検証でもあったと言える。お洒落なカタカナ語の数々が、「結局はシリコンバレー・ヒッピー達のまやかしではないのだろうか?」という具合の。

*米国では過半数を超える企業がマインドフルネス研修を導入、最近は日本でも一部の大手企業で導入されたり、省庁で勉強会が開催されたり、普及の兆しはあるようだ。

福利厚生としてのマインドフルネス

9 ヶ月の学習を通して、個人としてはそのバイアスを「最小化」することができたと思う。日常生活の中でランダムに襲ってくる (と思い込んでいた) イライラ感や憂鬱さなどのストレスも、半減とは言わないが、10% くらいは軽減されているように感じる。

しかし、私のようにこれらのカタカナ語を少し齧った人が「自分は知っている。進んだことをやっている」と選民意識に閉じてしまっては、日本社会への普及は望めないだろう。ましてや企業内では予算がつかないはずだ。

私は、マインドフルネスがフィジカルトレーニングと同等に扱われる日を望んでいる。

日本はいま空前の筋トレブームで、例えばどのコンビニに行ってもプロテイン食材が棚に並んでいる。しかし、ほんの 10-15 年前はプロテインはギャグの対象だった。さらに遡ると、ジム通いやジョギングすら、若くアクティブな人の趣味であり、ジムのメンバーシップが福利厚生に入っている企業などごく一部に限られていた。

今日、身体への健康意識が社会に浸透したように、心の健康意識もまだまだ社会に浸透する余地はある。

「#27 福利厚生としてのマインドフルネス」の記事で書いた通り、マインドフルネスの導入により従業員の生産性向上や離職率の低下が期待できる。これら科学的エビデンスと現場からのリーダーシップのもとに、日本の企業や組織にも多くの「心」にまつわるトレーニングの機会が導入されることを願っている。

体調管理がプロの仕事であるように、心の管理もまたプロの仕事だからだ。

日本人と「心」の関係

懐疑的なトーンから始めてしまったが、本来的にはマインドフルネスやメンタルケアは日本人と相性がいいと思う。

そもそもマインドフルネス瞑想は東洋発祥であり、日本では「禅」として古来から実践されている。

スポーツの世界では「心技体」と言われるように、技や体だけを鍛えてもパフォーマンスは出せないとされる。

国連の発表する「幸福度ランキング」では日本は昨年 62 位 ランクされた。これは先進国の中では顕著に低く、あたかも日本に不幸な人ばかりいるように見える。しかし、「ネガティブな感情の少なさ」という項目を見ると日本は全体 14 位にランクされ、世界の上位 10 % に入っていた。これは見方によっては、大きく落ち込まず、安定した心理状態によるウェルビーイングが日本人に根付いているとも言える。

終わりに

人間ならではの「心」を意識し、対人関係の中に芽生える感情に気づき、所属するコミュニティに貢献する。Inner MBA で学べることは、当たり前のようでいて難しい。しかし、ひとつひとつの技術はシンプルで、いずれも練習によって身につけられるものだ。

実践しよう。まずは一日一回、マインドフルな呼吸をするだけでも良い。

胸いっぱいに息を吸って、吐いてみよう。

では、もう一度。

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『Inner MBA 体験記』 完




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