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小気味よい日本語の深いエッセイ。『越境 ユエジン』東山彰良

夕遊


東山彰良さんは直木賞をとった『流』がすごくおもしろかったし、その後に読んだエッセイ『ありきたりの痛み』もよかったです。その後、すっかりご無沙汰していましたが、偶然、少し前に出たエッセイ本『越境』を知りました。

『越境』は、『西日本新聞』で連載していた「東山彰良のぶれぶれ草」や日経新聞夕刊の連載「プロムナード」などをまとめたもの。どれも2ページちょっとで、持ち歩いて電車やバス、銀行なんかの待ち時間に楽しめます。

台湾生まれで、5歳で日本に来た東山さん。九州の大学で中国語の先生をしつつ、日本語で小説を書いています。ご自身では日常会話はできるけれど、中国語で文章は書けないとのこと。自分の小説を日本語に訳すのは、「医者が自分で自分を手術するようなもの」。なるほど。

ブレイディみかこさんもそうですが、母語以外に使える言葉がある作家さんの言葉遣いは、とてもテクニカルでユーモアがあって、全く流暢な日本語なのに、すごく印象に残ります。台湾人でも日本人でも、ましてや中国人でもない東山さんの、アイデンティティを可能な限り無視したい、ポップな文章が大好きです。

ゴキブリにすごく弱い話。迷信を信じざるを得なくなった話、猫の話や台湾で蔡英文総統と面会した話、などなど。台湾と日本を行ったり来たりする間におこった、些細な出来事が東山さんの手にかかると、とたんにユーモアのあるエッセイ素材に早変わり。そういう意味で、本書の表紙はちょっと深刻な感じで、内容に合っていない気がします。

かと思えば、時事ネタはキレがいい。例えば、世間でセクハラのニュースが取りざたされていた時期のエッセイ。自分は助平だし、川端康成も『眠れる美女』なんか書いたし、マルケスも『わが悲しき娼婦たちの思い出』なんかを書いたといい、ニーチェの女性蔑視のセリフと長々と引用して、男ってそういうもんだみたいな結論にいきそうなところで、「ニーチェは十九世紀の人だからな!」と釘を刺す小気味よさ。思わず声を出して、笑ってしまいました。

小説に対する真摯な文章は(必ずちょっとジョークが交じっていて)、ストレートに響きます。

 わたしは小説のなかで出会ったお気に入りの言葉を書き写すようにしている。ひとつには、そのような言葉はものを考えるきっかけになるし、いまひとつには、うっかりパクってしまわないためだ。
 たったひと言の真実をものにすること。それが作家の幸福だと、わたしは心得る。

東山さんの令和を迎えたエッセイは、全文引用したいくらい好きです。昭和、平成、令和を通じて、国と芸術と政治の話を、やさしく希望がある、こんな書き方をできる人は、「越境」している東山さんにしかできない気がします。

ラストにある、リービ英雄さんとの対談も圧巻。東山さんの日本と日本語に対する鋭敏な感覚、中国や台湾との絶妙な距離感は読み応えがあります。



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