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中国と台湾と日本が舞台の疾風怒濤。東山彰良『流』


文句なく、おもしろかったです!
一日で一気読み。あー、こういう読書って幸せ。

東山彰良さんは、台湾出身で日本在住の小説家(兼中国語の先生)。福岡県在住。台湾人の両親の下で生れて、9才以降、日本で生活とのこと。本書は、第153回直木賞受賞作です。

台湾出身というか、台湾ルーツの作家さんといえば、もう一人陳舜臣さんが有名です。陳さんは日本生まれの台湾籍華僑で、直木賞受賞の『青玉獅子香炉』は、私も仕事で使わせてもらったことがありました。

東山さんの『流(りゅう)』は、祖父を殺された孫の物語です。殺害の謎を知りたいがために、自分の知らない台湾の歴史、そして日中戦争の時代の中国までさかのぼってたどるのですが、そこに、戦後の台湾の青春エピソードがからみます。

だから、基本的にはミステリー小説ですが、中国国民党一党独裁の戒厳令下の台湾に育った若者たちのお話でもあります。1949年以後、中国から台湾にやってきた外省人と呼ばれる人たちの社会と、日本の植民地を経験した台湾人社会の軋轢、恋愛。もとからある、ヤクザな台湾下町の社会や、ところどころに挟まる怪奇なエピソードなど。

歴史好きでなくても、おもしろい要素が満載で、特にお狐様とかこっくりさんなんて、ものすごく台湾的です。ちなみに、この作品の主人公のモデルは、東山さんではなく、お父さんだとか。まあ、たしかに戒厳令(1947-1987年)の時代に青春するには、1968年生まれの東山さんは若すぎます。

読みながら、台湾の青春ヤクザ映画『モンガに散る』の場面を思い出します。あと、『失われた龍の系譜』のジャッキー・チェンのお父さんも山東省出身のヤクザだった……なんて類似点を思い出した。それから、龍応台『台湾海峡一九四九』は女性を中心とした物語だったけど、『流』は男の、大陸的な話だなあ…なんて思いながら。

だって、同じような歴史のルートをたどっているのに、女性と男性で行動原理が間逆なんですから。そして、台湾といえば日常に道教的なオカルト的な要素が必ずあります。アジアで大ヒットして、日本でもリメイクまでされた『あの頃、君を追いかけた』にもキョンシーが出てきましたっけ。

本書の中では、主人公の宇文叔父さんのセリフが印象に残ります。

人というものはおなじものを見て、おなじものを聞いていても、まったくちがう理由で笑ったり、泣いたり、怒ったりするものだが、悲しみだけは霧のなかでチカチカともる灯台の光みたいに、いつもそこにあっておれたりが座礁しないように導いてくれるんだ。

ただ、彼のセリフは物語の役割上ちょっと悲しいです。だから私は前半だけが好きかな。「人というものはおなじものを見て、おなじものを聞いていても、まったくちがう理由で笑ったり、泣いたり、起こったりするもの」っていう部分。

あと、祖父殺害の犯人じゃないかと思われた岳さんという人も、ちょっとだけの登場だけど、なんだか素敵な人でした。さりげなく深い事を、主人公に言うんです。

きみのおじいさんはいつも不機嫌でした
胸のなかにまだ希望があったんでしょうね
苛立ちや焦燥感は、希望の裏の顔ですから

「祖父は長所よりも短所のほうがはるかに多い人でした」「だけど、そんなことは関係ないんです」と言う主人公に岳さんはこう切り返す。「わたしたちが日本を懐かしむのと、どこか似てますね」

人の心のヒダをさりげなく描写する表現というのは、こういう文章を言うんじゃないかと思います。そして、こんな繊細でクリアな文章を読むと、最近苛立ったり、焦ったりしているときには、かなり慰められます。




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