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驚きのドキュメンタリー映画『失われた龍の系譜~ Traces of a Dragon』香港、2003年


ジャッキー・チェンの父母の人生が波乱すぎて、驚かされたドキュメンタリー映画。そもそも、ホームビデオをとられているジャッキー・チェンからして驚かされています。

彼は、貧しい中から映画スターとして成功して、結婚して、子どもも大きくできるまで自分を一人っ子だと信じていたのに、実は兄や姉がいて、しかも本名まで違っていたというのですから。

ジャッキーパパの人生は、そのまま中国の近代史みたいです。山東省で生まれて、武術とケンカが好きで(義和団みたい)、内戦ばかりの中で小学校に行かないで軍隊に入って生活していく。「良い鉄は釘にならない。いい人は兵隊にならない」の中国のことわざ通りです。

でも、軍隊ではうまくいかず、密輸にかかわったり、国民党の情報機関の下っ端になって、汚い仕事を請け負ったり。結婚しても、奥さんが病気なので薬代が必要で苦労したり。日中戦争中には、日本刀での首切りを見せられたり。奥さんがなくなると、上海に出て、やっぱり青幇(山東省系のヤクザ組織)と関係しながら生きていて。

日中戦争が終わっても、中国ではまた内戦(中国革命)。国民党が負けたので、息子2人を故郷においたまま、香港に逃げたジャッキーパパ。上海で知り合ったジャッキーママも、彼のために娘2人を置いて香港まで来てくれて結婚。パパは名前を変えて、戦後の香港で二人で生き抜いて、ジャッキーが生まれます。だから、彼の本名は「港生」=「香港生まれ」。

両親は香港でオーストラリア領事館の仕事をみつけて、パパは下働きから料理人にランクアップ。ママはメイドの仕事。息子のジャッキーは、父に似て勉強嫌いで小学校に行きたがらなかったので、京劇の学校に通って厳しい訓練を10年間受けます。その後、父母はオーストラリア領事の転勤についていく事になり、ジャッキーは一人香港に残されて修行を続けます。彼の青春と焦燥の日々は、こちらの本に詳しく詳しいです。

20才を過ぎて、息子はようやく成功を掴みます。でも、ジャッキーパパは中国大陸に残してきた息子が心配。母も、残してきた娘2人が心配。文化大革命の時代には、外国人が中国の家族に連絡をとることができませんでしたが、1980年代後半、ようやく家族を探し出すことに成功します。

ジャッキーパパは、息子たちにときどき会いに行き、お金を送ります。でも、中国に戻って住めないのは、パパがかつて共産党と戦った国民党の側の人間だったから。それでも、家族や親族が集まって、ジャッキーパパを歓迎するシーンで終わり……かと思ったら、パパとジャッキーの親子水入らずのシーンで幕。不思議な余韻が残ります。

映画が公開された時点で、ジャッキーはまだ兄たちに会っていません。父の行動は尊重しつつ、「自分は血は水より濃いとは思わない。会ったこともない兄よりも、仕事仲間のユンピョウとかサモハンとかの方が身内だ」って。

最初はホームビデオとして撮影されたジャッキー・チェンの家族の映像に、友人で映画監督のメイベル・チャンが歴史映像を補ってつくられたのが、このドキュメンタリー映画。最初は、ジャッキー・チェンは自分の家族の「ありきたりの物語」が映画になるとは思っていなかったそうです。

でも、メイベルは絶対に海外で評判になると思い、試写してオファーがたくんさん来たことをジャッキーに伝え、ようやくドキュメンタリー作品としても価値があるとジャッキーも知ったのだとか。

ただし、この映画は政治的にデリケートなので、アジアで公開されているのは日本だけ。あとは欧米のみ。この映画公開当時、ジャッキーパパはまだご存命だったし、異母姉妹や異父兄弟もそれぞれ家庭や生活があったので。

今、中国との関係で大揺れの香港。ジャッキーは、昔から一貫して中国寄りの発言をするので、今の香港の若い人には人気がありません。ジャッキーの一人息子は、確か中国籍をとっていたはず。もう十年とかたつと、ジャッキーと中国の苦悩の物語が公開されたりするのかも。

邦題:失われた龍の系譜 トレース・オブ・ア・ドラゴン
(原題:龍的深處 - 失落的拼圖;Traces of a Dragon: Jacky Chan &His Lost Family)
監督:メイベル・チャン
制作:香港(2003年)96分


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