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ひつじにからまって

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ひつじにからまっているものがたりたち
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#ショートショート

想像世界の廃棄場

想像世界の廃棄場

「大量だ」
「大量なの?」
「おうとも、こりゃもう大量の大量よ」

ほこりっぽい風のながれる街とも言えぬ街。
そこは想像世界の廃棄場だった。

「ほら、これは城だろ。見たこともねえ機械にぐにゃぐにゃの金」
「おもしろいよ!おもしろいね!」
「な、こりゃ大量だろ?ほら、早くとるものとってずらかるぞ」
「そうだなあ」

グッ。
みにくい声が漏れた。彼が振り向くとその子はうずくまって背中に手を当てている

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ポケットにいっぱいの

ポケットにいっぱいの

どこから吹いているのかもわからない風が首筋を撫でる。定間隔に置かれた椅子とライトは、いつも変わらずにと手入れをされている。

「わたしはこうなの。最も適した形状をしているはずよ」

背もたれを調整できない席がかたる。あえて不満を漏らす輩もいないが、素晴らしいと讃える人もいない。

「でも、ぼくはわりと好きだなあ」
「ね、意外とわたしも好きかもしれない。まあ、家にはいらないけどね」

わずかに灯りが

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まるい世界の歩きかた

まるい世界の歩きかた

まるい世界の歩きかた。題名は内容を語る。
本を手に取り、想像できない内容に心躍らせる。彼女がいるのはまるい世界ではなかった。だからこそ、理解できたらとねがった。

碁盤のように細かく張られた網に吊り下げられた家と街。人は糸を伝って生活し、命が尽きれば網から落ちていく。それが当たり前となっていた。

網の底になにがあるかを人は知らない。戻ってこれた者もない。人々は世界が網で構成され、先にも後にもそれ

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潮風がとどかないところまで

潮風がとどかないところまで

都会のにおいは海のものに比べたらずっとマシだった。風が吹けばベタついて、朝まずめにきた暇な人たちがふかすタバコのにおいがときどきしてくる。

「ね、海のにおいがしてこない?」
「言われてみれば」
「海はないはずなのに、不思議だね」

海のそばで生活したことのない彼女は、そう喜んだ。けど、ぼくにとっては違う。大してよくもないし、遠ざけておきたいものだった。

「なつかしい?」
「まあね」
「好きだっ

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おけのうらぞこ

おけのうらぞこ

「ここに潜っちゃいけないわ。ばっちいのと、あっちの方に行ってしまうもの」

母の言いつけを守っていたら。そんな昔のことを思い出しても、もう後戻りなんてできなかった。
どこに行っても湯殿に囲まれた温泉街。木造建から伸びた煙突は、もくもくと蒸気を吐き出しつづけている。

迷い込んでしまったのか、侵入者として迎え入れられたのか。どちらにせよ、息をするのもこわかった。

通りの窓は風が吹いたらガタガタと鳴

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三つ葉のねがい

三つ葉のねがい

三つ葉の移動はことばをともなわずにはじまった。きもちが増すごとに増えていく仲間は、草刈りにくりだしてきた人々をよく困らせた。しかし、彼らはけっして人に迷惑をかけたいとは考えていない。むしろ、人といっしょにあれたならと思う方が多かった。

雨がふろうと、風がふこうと、彼らはひとつも葉を落とさない。
だれかに踏まれようと、虫に食われようと、彼らはけっしてへこたれない。

「なにがどうして、あいつらずっ

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たかくて、やすくて、

たかくて、やすくて、

「随分高そうなところに住んでいるね」

彼はそんなところに敏感だ。ここは安い。ここは高い。そんなことを価値基準に置いていて、感情の波を引き立たせるも削いでしまうもごく簡単なものだった。

「ここは階数によって値段はないよ。上であるときはそりゃ少し鼻が高くなる人もいるけれど」
「あるとき?」
「何のために呼んだと思うの?おたのしみだよ」
「少しくらいヒントをくれたっていいのにさ」

秘密を知りたいと

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おやすみの合図

おやすみの合図

かつての矯正を失いつつあるその場所にあったはずの嬌声は、すでに失われてしまった。

円形場に整列させられた馬の群れは、前足をあげているもの、届いていない大地で踏みしめようとしているもの、馬車を引いているものとで構成されている。彼らは動くこともせず、ただ静かに乗り手を待っていた。

緑がかった水は、船頭が波を立てることはなくなり、ただそよそよと吹く風がかすかに水面を揺らすにとどまる。

「閉園のお知

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とまれずに

とまれずに

水面はみずから震えることはかなわず、じっと時をとめていた。十把一絡げの現象はその水面を動かせずに歯噛みした。

水面は時をつかさどっていた。雨が上がりの風もとまったその後に、みずからの静止によって物皆すらとめてしまった。

後悔と懐古の余韻にも飽きて、とうとう精神世界ですらもとまりそうになったとき、ひとつの心がとくんと鳴った。

失われていく熱に嘆いて声を荒げて、焦がれる思いと鼓動をひとつ投げうっ

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カエル電話

カエル電話

受話器ごしには、雨の音が聞こえる。

「今日も元気かい」

男はたずねた。タバコに火をつける。ふうと一息煙を吐き出した。律儀に受話器を肩を押し上げ挟み込み、返事を聞き漏らさぬよう配慮していた。

「ゲコ」

鼻の詰まった男でなければ、その声は紛れもなくカエルのものだった。

「いいこと聞けたよ、ありがとな」

男はタバコを吸い終え、受話器をおろした。背中を見送られることもなく、男は静かに闇へと姿を

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藍

「藍色がほしい」
粘性を持つ海に向かって彼女はつぶやく。足の親指を浸しては、まとわりついてくる塩水を面白がった。

「藍色を何に使うの?」
「お母さんがきれいって言っていたから。ただそれだけ」

彼は彼女の頬にふれ、ポケットに藍色があったならとすこし悔やんだ。

「海の色からもらってはいけないの?」
「海は命を持ちすぎている。そんなひどいことはできないの」

彼女は沈みながら海に立つ。
彼はそこで

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シャッターをきるまでは

シャッターをきるまでは

宙に浮かぶ綿毛を探す丸は、右往左往と動き回るも、見つけることはかなわなかった。きいろい花が種子をとばす、そう噂を聞きつけやってきたものの、徒労に終わりそうだった。

「いつか見つかりましょうかね」

四角はいつ自分に役割が回ってくるかとソワソワしながらたずねる。
自分の番になれば、きれいにラミネートされ、願わくばその色が褪せないようにと祈りが送られる。その役割に誇りを感じ、はやる気持ちを抑えきれず

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フリッパーがはばたけば

フリッパーがはばたけば

「彼らの翼はフリッパーと呼ばれ、水の中で泳ぐときに使われるヒレとしての役割を持ちます。二足歩行で歩いているときはバタバタさせて、腹ばいになったときは足で地面を蹴るようにすることもあります」

 スピーカー越しに聞こえるお姉さんの声は、楽しそうだった。
 もう小学校だって二年もすれば卒業するんだ。だからもうこういうところが楽しいとは考えていなかったのだけど、悪くない。そう思って見て回っていると、いつ

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編み込まれたセーターは

編み込まれたセーターは

 私がその言葉を見つけたとき、物語は水色をしていた。別の物語を読んだとき、それは薄い黄色だった。そこには、登場人物たちの感情があったのだ。それを覗いた私という存在は、彼らに色を感じたのだ。

 物語を覗くというのは、私が彼らの一つ上の階層にいる存在とも考えることができるのかもしれない。それは難しい話ではなく、水槽を眺めているようなものである。隔たりがあって、その外側から内側に目を向けている存在がい

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