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ひつじにからまって

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ひつじにからまっているものがたりたち
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2021年12月の記事一覧

雲間をのぞく

雲間をのぞく

靴下は重ねて履いて、マフラーは忘れずに。ニット帽は臭くないかな、あとは小銭を少し。ああそうだ、手袋どこやったっけ。

「そわそわして、何してるの?」
「星を見に行くの」
「辛くなったりしない?ほら、宇宙に行くことが夢だって」

彼は心配性で優しいのだけど、ところどころ無神経な部分を見せてくる。そりゃ事務職のアラサーが、宇宙飛行士に今からなることは難しいだろう。でも、わざわざ聞いてくることもないだろ

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成すための機械

成すための機械

ただ心を失くしておけばいいだけだ。寒いとか暑いだなんてことは必要なくて、仕事に行くためには家を出なければならない。家を出るためには布団から出て、顔を洗って、ついでに洗濯機を回しておいて。

「おはよう」

機械のように動くのであれば、彼女は限りなく邪魔だった。目的を果たす途中で、機械が人に戻らなくてはいけないのだから。

「今日は二十時くらいに人間に戻る予定なんだ。それまではごめん」
「自分がどれ

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雨の種

雨の種

「雨の種を埋めよう。あしたは雨がいんだから」
「勝手にやって欲しくないわ」
「でも、雨がいんだな」

種を埋めようと彼は屈んだ。空色の瞳に白いまつ毛。太陽の光を受け、色は瞬く変わる。夜の光は、赤へと変えた。夜明けの青は緑の元になる。

「またあれね、予感てやつ。スピリチュアルに傾倒するのも楽しいだろうけど、今日ばっかりは陽子崩壊とかルシャトリエとかそんな言葉は出さないでよね」
「スピリチュアルと科

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答えは君とぼくたちしか知らない

答えは君とぼくたちしか知らない

泳ぐ魚のような文字が地面に踊る。意味を誰にも教えまいと、誰かの瞳に映るたびに互いの位置を変えた。本当の意味は筆者と魚たちしか知らない。

「ねえ、シナモンがその味を変えるとき、どうしてシナモンのままになるの?」
「どういうこと?」
「味が変わったらもうシナモンではなくない?成長したら魚も名前が変わるのに、シナモンは味が変わったら名前は変わらないの?」

彼はそれに答えようとはしなかった。彼女の言葉

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ツバつき帽のうらっかわ

ツバつき帽のうらっかわ

あの子は決して帽子を人に渡さなかった。髪の毛を整え直すときも、屋内に入るときも、いつだって。

野球帽が多かったけど、たまにバケットハットなんかも被る。ツバがついていればなんでもなんでもよくて、ツバがないものは買わなかった。

ときどき彼女は、上を見やってツバの裏を覗いていた。たぶん、そこに秘密があるのだろうと折り入って聞いたことがある。

「ねえ、ときどき帽子の裏を見ているのはどうして?」
「わ

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そらでおぼれろ

そらでおぼれろ

空で溺れる夢を見た。どれも縁がないことは確かだけど、こう何年にもわたって同じ夢を見続けるとなれば、どこか暗示のようなものを感じる。

「やっぱり、忘れられないのか」

漏れる言葉の受取手はいない。いや、もう一眠りしたあとでならいるだろう。まだ六時にもなってない。他人の家を訪ねるには少しばかり時間が早すぎるのだ。

風に吹かれて袖を流すあいつを思い出すと、なんだか苛つく。気取るな。お前はもっと、違う

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しあわせな夜を

しあわせな夜を

雪を見て男は安心した。自分の手先が赤く痛むことも、息が白いことも喜んだ。

光り輝いた粒が空を舞う。祝福するように、祈るように。しかし、男はそれを喜ばなかった。恨み言をぷらぷらさげ、ひとり寂しく祝福された道を進む。

「ねえ、綺麗なものを綺麗って言えた方がいいよ」

通りすがりの男の言葉に、彼女は我慢がならず咎める。背筋をびくりと震わせ、男はおそるおそる後ろを振り返った。

「異常に見えるんだ。飾

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だみん

だみん

うんと疲れちゃったから、少し休もうと思う。どのくらい休めばいいのか見当もつかないのだけど、満足するまで休みたい。満たされる時を決めたらきっと後悔する。ただでさえ休日だなんて決められているのに、さらに細切れにしたらうんざりして立ち直れないかもしれない。

ぷかぷか泡が昇っていく。
目で追えばどっちが上か分かるのだけど、いや、泡が昇っていくというのが正しいか?落ちていくのが正しいか?

われながらつま

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何曜日かのホットケーキ

何曜日かのホットケーキ

「ねえ、何していたの?」

女の子が覗き込みながら声をかけてきた。覗き込むのはいい。いや、どうだか。少なくともわたしの部屋に見知らぬ子がいることがわからなかった。

「あなたはだれ?」
「あたし」
「名前は?」
「ひみつ」

起こされたばかりのわたしは機嫌が悪くて、いたずらっぽい彼女のやり方に苛立っていた。誰の子だろうか。姉さんか、そういえばずっと遠いいとこの子供が前に生まれてしばらくだとか。

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星の灰

星の灰

「ねえ、毎日少しずつ星の灰が降りかかっているかもしれないって考えると、素敵じゃない?」
「そんなことある?」
「あるかもよ」

彼女はいたずらな笑みをこちらに向けながら振り返りました。すると、風に撫でられて微かに乱れた数本の髪が、街灯の青白い光に照らされます。ひとつにまとめて肩から垂らしている髪をいじる姿は、どこか子供っぽくて愛嬌があります。

「ほんとにそう言える?」
「ほんとに違うって言える?

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長靴バケツ

長靴バケツ

「遅くに失礼します。ただ、こちらはいかがですかな」
「これは?」

彼は濡れた棒切れを渡されたと思い目を細める。冷たく、硬い。しかし、その手触りは樹皮を思わせることなく金属質だった。

「お察しの通り、傘です。既におよそ傘ではないと言われるやもしれませんが。ああいや、それはご愛嬌」
「要らないです」
「見ず知らずの人間から受け取るのは怖いと?お互いではありませんか?つまり、どうするかはあなた次第に

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ヒラヒラプカプカ

ヒラヒラプカプカ

「寒いから出たくないね」
「ほら起きよう。学校に行かなきゃいけないでしょ?」
「でも」
「きんたろうもヒラヒラしてるよ」
「きんたろう?」

この子は金魚が好きだった。他の子がかわいいマスコットのシールをねだるかたわら、金魚のものばかりを集めようとした。

「交換日記も金魚のシールを貼るの」

そんなことを言ってきたときには、これは筋金入りだなと認めざるを得なかったことを覚えている。

「ほら、ご

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彼女の悪い癖

彼女の悪い癖

「ねえ、どうして地面は沈んでしまわないんだろう」
「どういうこと?」
「たくさんの人が、いやそれだけじゃなくて物があるのにどうして沈んでしまわないの?」

どう答えたものか、ぼくは分からなかった。そもそも、理由がわからない。地面の密度が高いから?それとも実は静かに沈んでいて、けれどもほんの僅かずつ過ぎてわからないから?考えたところで、答えにはならない。

「調べちゃだめだよ」
「なんで?」
「お互

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帰還雷撃知らざれば

帰還雷撃知らざれば

水溜りには空が映る。雲放電によってついぞ大地と対話が出来なかった雷は、そこにあった水溜りを知らなかった。

旅を知らない雷は、ひとりぼっちになった気がした。降りることも叶わずに、打ちひしがれたまま眠る。

千々にちぎれて消えていく雲は、次の機会を教えてはくれない。ごろごろするしかない雷ができることは待つばかりであった。

眠りにつかねばならなかった。再び空に仮の居場所が設られるまで、その時をただ静

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