長靴バケツ
「遅くに失礼します。ただ、こちらはいかがですかな」
「これは?」
彼は濡れた棒切れを渡されたと思い目を細める。冷たく、硬い。しかし、その手触りは樹皮を思わせることなく金属質だった。
「お察しの通り、傘です。既におよそ傘ではないと言われるやもしれませんが。ああいや、それはご愛嬌」
「要らないです」
「見ず知らずの人間から受け取るのは怖いと?お互いではありませんか?つまり、どうするかはあなた次第になります」
彼はそもそもこいつはなんだと顔を見やる。知ってるような、知らない顔のような。身長から体型まで特筆すべきところはなく、次に顔を合わせたところでわかる気がしない。夜も手伝っていまいちはっきりしない容姿をしていた。
「いらない」
「おや失礼。そうでしたか」
「というよりあんた」
言いかけてから男を見ようとしたが、既に姿はなく、そこには折れた傘と水の溜まった長靴だけが置かれてあった。
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