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成すための機械

ただ心を失くしておけばいいだけだ。寒いとか暑いだなんてことは必要なくて、仕事に行くためには家を出なければならない。家を出るためには布団から出て、顔を洗って、ついでに洗濯機を回しておいて。

「おはよう」

機械のように動くのであれば、彼女は限りなく邪魔だった。目的を果たす途中で、機械が人に戻らなくてはいけないのだから。

「今日は二十時くらいに人間に戻る予定なんだ。それまではごめん」
「自分がどれだけキモいか、ちょっと気付いてもいいかもよ」
「キモい?」
「キモい」

嬉しそうに彼女は言う。ああ、まんまと僕はその笑顔に調子を崩されたようだ。

「ね、人は機械にはなれないんだよ。人は人なんだから」
「人は自分の体にあるものを元にしたものしか生み出せない。だから機械もきっと、元々は人のひとつの形に過ぎないはずだ。だから」

意地悪そうに彼女は微笑む。僕の話には全く耳を貸していないらしかった。

「何を笑ってる?」
「教えてあげようかなあ」
「早く」
「もうどれだけ急いでも、たぶん仕方ないんじゃあないかなあ」

ハッとして時計を見ると、普段ならもう駅前を歩いている頃だった。一体どれだけ話し込んでいたのだろうか、頭がおかしくなりそうだった。

僕は、人として生きることはできない。だから、機械になろうとしていたのに。僕は、僕は。

「ねえ、ごめんね。手伝うからさ、準備しよう」
「あのさ」
「ん?」
「ああいいや、もういいんだ。たぶん僕は明日にはもういないだろうね。君が雑踏に見るひとりの機械になろうと思うよ」
「いまなんて言ったの?」
「行ってきますってさ」

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