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Asha Wakugami
2021年4月19日 05:26
顔になにかが当たる感触でかつきは起きる。すると、みんな起きていた。最近こんなことばっかだ、と思い、かつきは立ちあがる。あまりの暑さに、めまいがした。まだ残っていたお茶をのんで、海で顔を洗う。そして、小雨が降っているのに気づく。「お前らー! 不法侵入だ! 今すぐ取り押さえるぞ!」 辰実ががなっている。横には高そうなスーツを着た男。なんとなくそのインテリな雰囲気に、かつきは嫌な感じを覚えた。参護
2021年4月6日 12:33
夜。参護はポンピングでつけた火に木をくべ、たき火をはじめた。工事の関係者は何度か文句を言いに来たが、参護の話す、嘘か本当かわからない話にたじろぎ、半ばあきらめつつ遠巻きに監視していた。「いやー、島バナナがあってよかった。森さんのおにぎりだけだったらもうギブアップだったぜ」 今日一日で、かつきは参護に抱いていた「ヒーロー感」が薄れがっくりきたのと同時に、彼も同じ人間であり、親しめる部分があるこ
2021年4月3日 09:20
――なんだ? かつきが目を覚ますと、軒先がうるさい。かつきはふすまをすこし開けて、のぞき見た。たくさんのひとの殺気立った怒声に、ヨシはピンとのびた背筋で自身を釈明するわけでもなく、かつきの父親に責任を押しつけるわけでもなく、ただ、かつきに背中を見せていた。「そうまでして金がほしいのか!」 男の的外れなひと言に、かつきは飛び出した。「お前ら!」「かつき!」 それはちいさな老婆からはなたれ
2021年4月1日 14:47
かつきの人生が大きく動き始めて四日目の夜。かつきの家に、一本の電話がはいった。ドアがノックされる。「はーい」「かつきちゃん? はいるね」香織だった。ベッドの上で、灰谷健次郎の「兎の眼」を読んでいたかつきはゆっくり起き上がった。香織は受話器を持っている。「だれ?」「辰実さん」 普段、自分たちには興味のない父親からの電話に、かつきは面倒にならなければいいけど、と思いながら出た。「なに?
2021年3月31日 17:48
次の日。これといったこともなく、その日の授業は終わりを告げようとしていた。台風前日。空は黒く、土砂降りではないが雨がふっている。風も強く、窓がカタカタ揺れていた。「じゃあ、今日は終わり。あー、かつき、あとから生徒指導室にくるように」 広夢とあや子はかつきを見た。かつきも面食らっている。昨日は無事にエサをゴンドウにやってすぐに帰った。おとがめだろうか。かつきは担任が先に教室を出ると、ふたりに両
2021年3月30日 19:51
かつきが目を覚ます。そこはヨシの部屋だった。ようやく昨日のことを思い出す。広夢に言われたからではないが、すこし横になろうとして、疲れからすっかり眠ってしまっていたのだ。となりではヨシが静かに寝息をたてている。かつきはそっと部屋を出た。「おはよう。かつきちゃん」「おはようございます。シャワー、浴びますね」 朝食をつくっている香織の横をすりぬけ、昨日風呂に入っていなかったかつきは、朝シャンしよ
2021年3月29日 20:09
三人は、夕日が落ちるまで話しこんだ。「渋谷は怖いところだって教えられてたの」あや子の東京の話は、ふたりには夢のような世界で、都会の暮らしぶりは想像に堪えなかった。「海には海の呼吸があるんだ」一方で広夢のする海の話は、広夢の話しぶりもあるが、あや子にはおもしろくて、笑いが止まらなかった。そんな中、かつきは迷っていた。昨日のことを話すかどうかを。すると、広夢のほうから切り出した。「かつき。
2021年3月28日 18:23
朝の登校中。かつきは違和感を覚えていた。いつも親し気に話しかけてくる惣菜屋のおばちゃんのよそよそしさや、逆に普段なにも会話しない漁師からの「おはよう」まですべてに勘繰りをしてしまい、うつろなまま学校についた。校門を入ると、小学生が遊んでいる。入口の時計を見る。午前八時前。予鈴がなる。まだ中学生クラスの登校する時間ではなかった。ボーっとしているうちに時間を見間違えていたのだ。「鬼」 かつきは驚
2021年3月27日 18:09
「おかえりなさい」「ただいま帰りました。おばあさま」 屋敷の和室には、ヨシしかいなかった。会食だと聞いていたかつきはすこし面食らった。なにより、自分の祖母が介助なく整然と座っているのに驚いた。「起きててよろしいので?」「座りなさい」 有無を言わさぬ雰囲気。すこし不安ながら、かつきはひざまずいた。ヨシが、ため息をひとつ。「なにから話そうかね。うちがこの島で一番の旧家だってことは知っていま
2021年3月25日 09:41
ふたりが職員室につくと、そこには、やはり見慣れない後ろ姿がいる。髪は腰まである黒髪で、線は細い。「先生!」 おー、こっちだこっち。ゴリ松に呼ばれてふたりはようやく謎の転校生の顔を見る。すると、かつきの目はさらわれてしまった。凛とした――という言葉がぴったりだが、どこかお嬢様な雰囲気をもった女の子だった。「かっわいー!」 広夢が声を上げると、担任は持ってた出席簿で広夢の頭を叩いた。そのとき
2021年3月24日 14:03
「ねえ。おばあ。あの絵なに?」 七五三の晴れ着に身を包んだ子どもが、祖母に声をかける。どこにでもありそうな、和室のある一軒家。その風体には似つかわしくない、おどろおどろしい絵が飾ってある。「鬼さんだよ」「鬼?」「この島を守る、こころ優しい鬼の絵だよ」「鬼は、悪者だよ?」 和服に身を包んだ老婆は、すこし寂しそうな表情を浮かべ、絵を見、また幼い孫に視線を戻した。「そうだね。鬼はみんなの嫌