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便りの先に(その十)(最終話)
脚付きの碁盤を部屋の真ん中に置いて、その前に腰を下ろす。手元には棋譜と今日届いたはがき。
碁笥を開けて黒石を掴み右上の星へ。次に白石を左上の小目。黒、右下小目。白、左下小目。もう何度も繰り返してきた手順なので、棋譜を確認する必要もない。黒は祖父の大迫吉郎。白は上総伸一さん。
お互いに様子を見合うような展開から、まず黒の祖父が動く。白の手に反発して、戦いを仕掛けにいったのだ。
白番の
便りの先に(その九)
「まだ続いてるんだ?」
飲み干したジョッキを店員に渡して、おかわりを注文しながら葉月は少し驚いたように言った。
「うん。でももうすぐ終わりそう。年内か年明けかな」
今日は僕も葉月も就職が決まって落ち着いたので、お祝いということでモツ鍋屋に来ていた。旨味をたっぷりと吸い込んでくたりとしたキャベツを口に放り込むと、身体の中からぽかぽかと暖かくなる。寒くなると鍋が美味しい。
対局に
便りの先に(その八)
夏の気候がやっと落ち着いてきたと思ったらもう十月だった。祖父が亡くなってからおよそ一年。つまりこの対局も僕が打ち継いで一年になる。
そういえば伸一さんは八月に退院したらしい。
郵便碁とは別に、暑中見舞いの絵手紙をもらったのだけど、みずみずしい真っ赤な西瓜の絵を見てちょっと泣きそうになったのは内緒だ。
対局はそのまま美咲さんが続けることになり、今の盤面はやや白番の美咲さんの方が有利な状
便りの先に(その七)
どうやら美咲さんは僕よりは歳が下のように感じる。
女の子らしいといえばよいのか、少し可愛い文字で色ペンも使われて。なんというか若々しくて気恥ずかしい気持ちがした。中学生か高校生か。その頃のクラスの女の子たちが、何やら手紙などを回していた記憶があるけれどこんな感じだったんだろうか?
対局者が女の子に変わったことを葉月さんに伝えると少しだけ機嫌が悪くなってちょっと嬉しかった。まぁ、会いたい
便りの先に(その六)
夏を前にして、あれ? と思った。
普段だと僕がはがきを送ってから四、五日程度で返信が来るのだけど、上総さんからの返信が届かなかったのだ。
戦局はそれほど複雑ではなく、ほぼ一本道の手順だ。郵便碁でなければ、五秒で着手しても同じところに打つのではないかと思うような場面。それはつまり、碁が原因で返信が滞ってる訳では無いということだった。
一週間、十日と時間が過ぎ、今日こそはとポストを覗
便りの先に(その五)
年が明けて気候が和らぎ、大学も無事に四年に進級した。必要な単位も少なくなってきたので、就活、バイト、講義と同じ内容でもこれまでとは少し配分が変わった生活スタイルになっている。
上総さんとの対局は変わらぬペースで続いていた。
手数は百五十二手。戦況は五分五分だろうか。途中は少し打ちにくいと感じていたが、相手の陣地のほころびに狙い目もあって楽しみな展開だった。
「せっかく高山にいるのに、
便りの先に(その四)
『大学三年生です。普段はネットで打っていて棋力は弱い三段くらいでしょうか(笑)
郵便碁は初めてですが、しっかり考えて着手するのも面白いですね。
黒 八十九手 5の七』
『今年も雪が降り始めました。冬も本番です。
白 九十四手 7の十二』
『神戸の海はとても穏やかです。そちらとはだいぶ気候も違いますね。写真は神戸港です。
黒 百三手 15の十』
週に一通か二通くらいのペースでゆっくり
便りの先に(その三)
祖父の碁盤と碁石、絵手紙の入った文箱は僕が引き継ぐことになった。
住む人のいなくなった富山の家は近く処分することになるのだけど、それは落ち着いてからということに。神戸にはとりあえず父と僕が先に帰ることになった。田舎なので、町内会や寄合など色々と挨拶しなければいけないところがあるらしく、母だけはもう数日富山に残る必要があったのだ。
僕は富山から大阪への高速バスに乗り込むと、上総さんからの