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小説:「僕と姪の梅しごと」(第四話 僕と姪の梅しごと)

 果歩と一緒に駅前のスーパーに出かけて、青梅や氷砂糖、保存容器など一揃えのものを購入してきた。小さい頃に祖母の家で作ったことがあるはずだが、流石に作り方を覚えていないので、レシピサイトで作り方や手順を調べて準備する。

「それでは、いまから梅シロップを作りたいと思います。準備はいいですか?」
「はい!」
「元気な返事ですね。よろしい」
「ふふー」

 青梅、氷砂糖、煮沸消毒済みの保存容器、ヘタを取るための竹串や水洗い用のボウルと布巾。そしてプリントアウトしたレシピ。果歩と僕はエプロンを身に着け、準備が整ったところで仰々しく開始の合図をする。オブザーバーに母も控えている。母に聞いてみると、やはり祖母と一緒に何度か作ったことはあるそうだ。頼もしい。

「まずは、梅をしっかり洗います」

 果歩が張り切っているので、ここは任せてみることにします。

「じゃあ、梅をボウルに入れてくれるかな。そうそう。そうしたらこっちで水で洗おう」

 踏み台に乗った果歩は、青梅を一つひとつ丁寧に手洗いする。小さな手で一生懸命洗っているのが可愛らしくて、僕も母も笑顔になった。母がスマホを構えて写真を撮った。今日だけでも、母のスマホには大量の写真が増えることだろう。

 洗いを終えた梅を今度はふきんで水気をしっかり拭き取る。作業はテーブルで行えるので、これは僕も一緒にやっていく。

「どう?」
「うん。しっかり拭けてるね」

 水気が残っているとカビが生えたりするらしく、この拭き取りはきっちり行うように伝えると、ゆっくり丁寧に手を動かし、時折出来栄えを見せては嬉しそうに微笑む。

「次は…ヘタを取るんだって」

 竹串を手にとって、先に僕が見本でやってみた。ポロリとヘタが取れるので気持ちいい。

「傷をつけないように。おいしくなぁれってお願いしながら取るんだよ」

 今日何枚目になるかわからない写真を撮りながら、母が言った。そう、確か僕と姉さんが祖母の家で作ったときも、祖母に言われて、「おいしくなぁれ」と言いながらヘタを取っていた。姉さんも同じように言いながら楽しそうにしていた記憶がふと蘇った。

「おいしくなぁれ」

 母も加わって、三人でヘタを取る。おいしくなあれ、おいしくなあれ、となにかの歌のように口ずさむ。時々家の前の通りを過ぎていく車の音がするくらいで静かな土曜の午後。僕と姪と母と。三人で青梅のヘタを取っている様子はなんだかおかしかった。

 やがてヘタを取り終わった僕らは、次の工程へ。いよいよ、梅と氷砂糖を交互に容器に入れていく。梅が氷砂糖に触れているところからエキスが抽出されるので、まんべんなく入れていくのがいいらしい。

「これでいいの?」
「そう、梅を入れて、氷砂糖を入れて。順番に入れていくんだって」

 この作業は果歩におまかせしたが、あっという間に終わった。

「はい。完成」
「えっ!? これで出来上がり? 梅ジュースなんでしょ。ジュース無いよ」

 出来上がってしっかりと蓋を閉めた保存容器を眺めながら、果歩が首をかしげる。そりゃそうだろう。梅ジュースと言いながら、目の前にあるのは梅と氷砂糖が入っただけの瓶だ。ジュースと呼べる水分は一切無いのだから。

「このまま暗い場所で置いておくと、氷砂糖が溶けて、梅のエキスが出てくるんだよ。ママと一緒に飲めるのは、十日後くらいかな」

 すぐに飲めないと知って、残念そうな果歩を見て、すこし失敗したかと思った。四歳の子供に十日もおあずけするのは酷だったか。僕がそう思っていると、母が余った氷砂糖を果歩の口の中にポン、と入れた。

「甘い!」
「これで出来上がりじゃないからね。お砂糖がどんどん溶けてくるから、毎日瓶を揺すって美味しくなるように混ぜてあげないと。今晩からママと果歩がいっしょにやるんだよ」

 母の言葉と口に広がった甘みに、果歩の目を輝かせた。

「できるかい?」
「うん!」

(最終話へ続く)


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